【宗教リテラシー向上委員会】 「閉ざされた宗教の教義」に風穴を 川島堅二 2017年7月11日

 「宗教」という補助線を引くことで見えてくる 「政治や経済のダイナミズム、その渦中と底に流れる人々の歴史と文化、実感の深掘りを行うこと」(前回より) 、これが本連載の企図である。 これは19世紀に宗教学が西欧で産声を上げた時の基本姿勢にほぼ重なる。

 文化人類学の古典ファン・ヘネップ著『通過儀礼』やホイジンガ著『ホモ・ルーデンス』は宗教学においても必読の書だが、「宗教」という補助線が人間の文化現象の解釈にいかに有益かを示している。 以来、「宗教」という冠はさまざまな学問に付けられた。古くは「宗教哲学」「宗教社会学」「宗教心理学」 さらに「宗教人類学」「宗教民俗学」等々。いずれも「宗教」という補助線によって、それぞれの学問領域を豊かにしてきたということができるだろう。

 しかしながら、既存の学問(ディシプリン)に「宗教」という冠を付して安心していられる状況はすでに消滅している。30年前、筆者が大学院生の時には「宗社研」(宗教社会学研究会)と「宗思研」(宗教思想研究会)は宗教研究者の2大グループで、院生はどちらかに所属することが常識であったが、現在はいずれもそのままでは存在していない。

 この間の変化をひと言で言うことは難しいが、「宗教」が補助線を求められる対象が大きく変化していることは、この連載との関係で重要である。かつてはヘネップやホイジンガの古典的業績が象徴しているように、成人式や婚姻、葬儀といった人生儀礼、娯楽や遊戯といった平時の文化現象がその対象とされた。しかし、現代は経済的搾取や貧困、種々の差別やハラスメント、虐待、テロ ・殺人などの暴力に「宗教」の補助線が求められる時代である。

 2001年9月11日の米国同時多発テロはその意味で象徴的である。ハイジャックされた4機の旅客機のうち、唯一乗客の反撃によりターゲットに到達できなかったユナイテッド93便をテーマにした映画『ユナイテ ッド93』を制作したポール・グリーングラス監督は、この映画の冒頭部 分について、次のように述べている。

 「当初の計画ではタリバン政権下貧困にあえぐアフガニスタンでテロを画策している首謀者たちの場面から始める予定であった」 つまり経済の格差、特に貧困がこの未曾有の事件の原因という解釈である。しかし、制作を進めるうちにテロ当日の早朝ニューヨークのホテルの一室で神に祈りをささげる実行犯たちの姿、その「信仰の深さと並々ならぬ確信」を前面に出すことになったという。

 近代的なニューヨークの象徴である超高層ビル群と、そのただ中で昔ながらの宗教に陶酔して いる若者たちとの対照。9・11の根源にあるのは「閉ざされた宗教の教義」という解釈である。

 この作品の最後のシーンもその線で一貫している。急降下する機内 で、「神は偉大なり」とアラビア語で叫び続ける実行犯たち。他方で「主の祈り」を唱えるキリスト教徒の乗客たちが交互に映される。コックピットでは操縦かんの奪い合いの修羅場が繰り広げられる。

 同じ血みどろの争いは欧米、アジア、アフリカ等々、世界の至るところで今も繰り広げられている。地上への激突、取り返しのつかない破局まで時間は残されていない。この「閉ざされた宗教の教義」に風穴を開ける試み、それが複数の異なる宗教に所属する執筆陣によるこの連載企画である。

 

川島堅二(農村伝道神学校教師)
 かわしま・けんじ 1958年、東京生まれ。23年間勤めた恵泉女学園大学を退き、今年4月から農村伝道神学校教師。研究関心:近代キリスト教思想、宗教多元主義、宗教のカルト化/趣味:土笛(オカリーナ)、石笛(いわぶえ)、法螺貝、角笛(ショーファー)などの民俗楽器を吹くこと。

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