【伝道宣隊キョウカイジャー+α】 イエスのどこが好き? キョウカイゴールド 2017年7月21日

 生徒からの質問は、いつもストレートで面白い。例えば、「先生、イエスの好きなとこってどこ?」なんて屈託なく聞いて来てみたり。「なんでクリスチャンになったんですか?」や「なんで神学部に進んだんですか?」という質問なら過去幾度となく受けた質問ではあるけれど、「ははあ、彼氏彼女のどこが好き?という具合にイエスのどこが好き?と来ましたか。なるほどなるほど」。

 クリスチャンホームで育ったわたしは、小さいころや学生のころはどちらかと言うといわゆる「聖句」的なものが好きでした。ベタなところで言うと、「神は乗り越えられない試練は与えない」とか、「いつも喜んでいなさい、絶えず祈りなさい、すべてのことに感謝しなさい」あたりです。わかりやすい!(ちなみにこれは「キリスト教主義学校あるある」だと思いますが、ノンクリスチャンの先生が礼拝説教をするときに選ぶ聖句ツートップです)

 ところが、学校という現場で働き出し、テキストとして日々聖書を読み、生徒に伝え教えるという作業を通して変わったのは、「言葉」よりもイエスの「行為」に惹かれるようになったことです。

 特にわたしが好きになったのは、イエスが女性や子ども、病人、そして何らかの障害を持った人たちに手を伸ばし「触れる」シーンです。当時、病や宗教的穢(ケガ)れは「感染る(うつる)」ものと考えられていました。なので、そういった人たちは社会の集団からのけものにされる、つまり隔離されるということが一般的だったわけです。

 こういった状況が想像しにくい人は思い出してください。……皆さんが子どものころやっていたであろう、「バイキンごっこ」を! 手のひらに見えない菌のようなものをオニ役が持ち、誰かになすりつけていく鬼ごっこの亜種みたいなもの(「バリア!」と叫ぶとなすりつけられても平気だったりという……この辺はローカルルールあり)で、目に見えないものを「きたない」「うつる」「うつったらアウト」という概念をシンプルに表しているゲームですね。

 例えるなら、イエスは公園でこの遊びをしている子どもたちの中に割って入ってその手をつかみ、「バイキンなんてないよ」と言い放ってしまうということをしたのです。どうでしょうか。そのひと言が、この遊びのルールを根底から否定し壊してしまう言葉になるということを、少し理解してもらえたでしょうか?

 まさに、人々の常識と概念、そして社会をイエスはその手で壊していくわけですね。病人や何らかの障害を持つ人々に直接自分が触れることによって、「ケガレはうつらない」「そんなものはない」ということを人々に証明していくわけです。この姿にはしびれます。うん、かっこいい! これをかっこいいと言わずして何か!

 後世にどんな偉業とされることでも、当時としてはすでにでき上がっていた社会をぶち壊していく行為は、さぞかし当時の権力者から疎まれたことでしょう。しかしその一方で苦しみ、差別されていた人たちからはまさに「救い主」として目に映ったやもしれません。わたしとしてはこういった一連の行為は「破壊者(クラッシャー)」のようにも映りますが(笑)。

 さて、いざ自分の中でイエスの好きなところがまとまり、尋ねてきた生徒に話そうとすると、もう生徒の興味は別の所に……。ちょっと! わたしの話を聞いてよ!! イエスの好きなところ、今からたっぷり語るんだから!!

 ……さて、皆さんはイエスのどこが好きですか?

キョウカイゴールド
 
金田正美(かねだ・まさみ) 主戦場をキリスト教主義学校とし、量産型怪人「ワタシハムシュウキョウデス」との飽くなき戦いを繰り広げるミッション系あねさん教師。クリスマスよりも期末試験の採点が最大の敵。武器:雑談に負けない声量/必殺技:「あたしの話をきけー!!!」/弱点:方向音痴

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