【映画評】 『ギフト 僕がきみに残せるもの』 〝困難のない人生のためには祈らない〟 2017年8月14日

 運動神経だけが選択的に侵される難病、ALS(筋萎縮性側索硬化症)。思考はクリアなまま、五感も鋭敏なまま徐々に身体の自由が奪われ、自力呼吸ができなくなり、やがて眼球を動かすことすらも困難になっていく。この難病に侵された元アメフトのスター選手スティーヴ・グリーソンが、妻ミシェルの体に宿るまだ見ぬ息子へ宛てたビデオレターを撮り始める。ドキュメンタリー映画『ギフト 僕がきみに残せるもの』は、こうして始まる。

 「子どもは11月に生まれてくるけど、言葉がわかるようになるのは4年後くらい。僕はもうそのころには……」
 ビデオカメラに向かってそう語るグリーソンの表情は、痛切な悲しみに包まれる。だが本作を観る者は、その痛切が始まりに過ぎないことを即座に思い知らされる。というのも映画ではわずか数十分の展開のうちに、スティーヴがそのような台詞を明晰に語る自由も、筋肉の麻痺により表情の豊かさすらも失っていく姿を見せつけられるからだ。

 本作が特異なのは、そのようにして悲嘆に暮れ苦痛に苛まれる場面を赤裸々に映しながらも、全編に活力が満ちているところにある。スティーヴとミシェルのふたりは幾度も壁にぶつかり、ストレスを貯め衝突もするが、前進をやめることはない。やめるはずがないのだ。なぜならこのビデオ映像の存在自体が、父から息子へのメッセージであり人生の肯定でなければならないからだ。

 またALSと診断された2011年、夫妻はALS患者を支援する非営利団体チーム・グリーソンを立ち上げる。アイスバケツ・チャレンジの流行なども重なりこの活動は世界の注目を浴び、2015年にはALS等重病患者のための音声合成機器の保険適用に関する《スティーヴ・グリーソン》法案に、オバマ米大統領(当時)が署名するまでに至る。映画ではこの過程で、家庭生活が社会活動の犠牲となって夫婦がともに疲弊する様も余す所なく映し出す。それでも彼らは前進をやめようとしない。その間にもスティーヴの病状は進行する。しかし、夫婦が明るさを失うことがない。

 映画の中盤で、スティーヴは彼の父と信仰を巡って議論する。スティーヴの父は福音派の熱心な信者で、聖書中の《父の罪を子に報いて、三、四代に及ぼし》の箇所を引き合いに出し、かつて自らも父親との関係にトラブルを抱え、スティーヴに引き継がせてしまったと語る。しかし、スティーヴにはその熱心さがつらい。

 「父さんは、自分の信じるものを信じない人は幸せになれないと思ってる。でも勝手に決めつけないで。僕の魂はもう救われているのだから」

 スティーヴはそう叫んで泣き崩れる。それゆえスティーヴにとって夫婦によるたゆみない前進は、父から引き継いだものを受け止め、自分の代でせき止める挑戦でもあった。それから4年を経た映画の終盤、父はスティーヴの健闘を讃えてこう語る。「4年前のお前の言葉を今は信じられる。それにお前の方が、早くから息子に愛と優しさを教えている。誇りに思う」

 4年。そう、スティーヴはかつての想定を超え、息子が6歳となった2017年の今日も存命している。すでに自力呼吸の能力を失いながらも医療機器やスタッフに支えられ、なお旺盛に活動している。最後に、現在彼のツイッタートップに掲げられているメッセージの一部を抜粋して本稿の締めとする。

 「ひとつわかったことがある。それはぼくの人生は本当に脆いものだということだ、きみと同じようにね。だから、ぼくは困難のない人生のためには祈らない。理解によって困難を乗り越えていく人の力のために祈るんだ。ALSの宣告を受けてから6年が経ってよくわかったよ。ぼくは幸せだ」

(ライター 藤本徹)

8月19日より、ヒューマントラストシネマ有楽町&渋谷他にて全国順次ロードショー

公式サイト  transformer.co.jp/m/gift

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