【空想神学読本】 「サイボーグ009」にみるロゴス・キリスト論の諸相 Ministry 2017年8月・第34号

 言わずと知れた巨匠・石ノ森章太郎の代表作。1964年の連載開始以来、幅広い世代から支持を得て、累計発行部数はゆうに1千万部を超える。石ノ森作品に通底する神学的命題とは?

 「人間とは何か」という問いは、神学において重要である。その問いを現代人が問うとしたら「サイボーグとは何か」という問いを避けては通れない。「サイボーグ」は「人間」だからである。人間として生まれた存在の、たとえほとんどすべての部分を人工部品で置き換えたとしても、「サイボーグ」は「人間」である。逆に問えば、「人間としてのサイボーグ」の「人間」たる最後の要素は何か。究極的に言えば「それ」が「人間」である。

 「サイボーグは人間である」。それを強く主張したのが『サイボーグ009』である。サイボーグは「改造人間」である。石ノ森が「改造人間」を描いた有名な作品は「仮面ライダー」と「サイボーグ009」である。前者は「仮面」をつけ変身するが、後者は仮面をつけず、変身もしない。もう一つの石ノ森作品に『キカイダー』がある。石ノ森はキカイダーを「人造人間」と呼んだが、キカイダーは「ロボット」であって「人間」ではない。

 もともと人間として生まれた存在に後から外から「異物」が混入するという図式は、キリスト論の枠組みよりも聖霊論の枠組みのほうが理解しやすい。「サイボーグ」に「神性」があるわけではない。しかし「サイボーグ」には「人間性」と「機械性」という二性間の「葛藤」がある。

 しかし、伝統的なロゴス・キリスト論の核心は「二性一人格」(two natures one person)であり、イエス・キリストの人格(person)は統一的であり、神であることと人間であることとの「葛藤」はない。しかも、ロゴス・キリスト論は、無色透明としか言いようがない「神的ロゴス(言)」が有機体としての「サルクス(肉)」を摂取して「人となった」というわけだから、先行するイデア(観念)がマテリア(物素)を後から吸収して実体化するという論理に近い。

 ロゴス・キリスト論が描き出すイエス・キリストは、「葛藤」がない点で「ロボット」と言うに近い。しかし、聖霊論は物素(マテリア)がすべてに先行して存在することを前提する。サルクス(肉)がプニューマ(神の霊)より先に存在するし、プシュケー(人間の霊)がプニューマ(神の霊)より先に存在する。「サイボーグは人間である」と主張する根拠が「先行する人間存在の内部に後から外から異物が混入してきた」点にあるのだから、「葛藤」は必ずある。

 『サイボーグ009』を読み解く際の困難は、テキストの確定作業にある。初出の雑誌を発掘するのは、専門家でなければほぼ不可能である。出版社や発売年代が異なる版が存在する。雑誌などでの初出発表順とは異なる順序に並べ替えて編集されたもの、差別語・不快語の書き換えがある。

 しかし、素人にもわかることがある。「誕生編」(秋田書店サンデーコミックス版1巻の初め、または秋田書店豪華版5巻「誕生編PARTⅠ」の初め)から始まり、ジョー(009)とジェット(002)が彼らの敵を宇宙空間で撃破した後、彼ら自身が大気圏突入と共に燃え尽きて死んだことを暗示する場面(秋田書店サンデーコミックス版6巻の終わり、または秋田書店豪華版10巻「地下帝国ヨミ編PARTⅡ」の終わり)までで本作品は一度完結している。

 それ以降は、出版社や読者の要請に応える形で無理に引き延ばした感がある。秋田書店豪華版で全23 巻の大作になったが、統一性を感じるのは私見によれば「誕生編」と「地下帝国ヨミ編」の二つだけである。そして最終的に、原作者の死去により未完となった。

 「誕生編」のあらすじはこうだ。日本人島村ジョーが何者かに拉致されサイボーグにされる。手術が終わったとき、自分を呼ぶ声に気づく。改造室を脱出すると、巨大ロボットや戦車や戦闘機が襲い掛かるが、ジョーはびくともしない。たどり着いた先に8人のサイボーグが待っていた。

 8人がジョーを呼び寄せたのは、彼らをサイボーグに改造した悪の組織を倒すためだった。その名は「黒い幽霊団(ブラック・ゴースト)」、兵器の製造と販売で莫大な利益を得るために世界各地に意図的に戦争を起こす極悪集団。組織にとって、サイボーグは人間兵器だった。

 ロボットやドローンが使用される戦争は我々21世紀人の眼前の現実である(肯定する意味ではない!)。そこにさらに「人間そのもの」であるサイボーグが兵器として投入されるとどうなるか。短く言い直せば「人間は兵器なのか」。このような問題を神学こそ真剣に考えなければならない。

 サイボーグたちが悪の組織に抵抗し続けることができた最終的な根拠は、「我々は人間である」ということだった。「人間性」を捨てて兵器になり切るのを拒否し続けることが、彼らの抵抗の根拠だった。「人間性」の肯定的な意味が彼らを支え、勇気づけた。これは問題解決の鍵となるだろう。

 「人間は罪人である」、そのとおり。しかし、神学は最終的に「人間」と「人間性」を全面的に肯定しなければならない。「あなたは人間である」という言葉に否定的、揶揄的、罵倒的な意味しか持たせ得ない学説は、果たして神学たり得るのか。

(日本基督教団牧師 関口康)

【作品概要】 サイボーグ009

 196X 年、ブラック・ゴースト(黒い幽霊団)という、死の商人(兵器の製造・販売を生業とする企業)を取りまとめる組織が、きたるべき未来戦用に成層圏での戦いが可能な、サイボーグ兵士の計画を進めていた。太平洋の孤島(エックスポイント)で世界各地から集められた、人種、年齢の違った9人の実験体(00ナンバー)が改造された。日本から連れてこられた島村ジョーは、目覚めと共に襲いかかってきた巨人ロボットを倒した。その後合流した他の8人からブラック・ゴーストの真の目的を教えられ、ともに秘密基地を脱出した。9人のサイボーグを連れ戻そうと、戦闘機、戦艦、ロボットが投入された。しかし、それを撃退してエックスポイントに取って返す9人。研究所の地下に隠された核爆弾を爆発させ、ブラック・ゴーストの基地を消し去ろうとした。

 1964 年の連載開始以来、石ノ森章太郎のライフワークとして約30 年にわたり、各月刊マンガ誌、週刊マンガ誌、新聞など出版社と媒体の垣根を越えて掲載された。その折々の社会問題、事件や戦争を取り上げて描かれたエピソードも多く、いつも時代に寄り添い続けた作品。

■作者 石ノ森章太郎
■出版社 秋田書店、メディアファクトリー、角川書店、講談社、小学館
■掲載誌 週刊少年キング、週刊少年マガジン、冒険王、週刊少年サンデーほか
■レーベル サンデーコミックス、MFコミックス、石ノ森章太郎 萬画大全集、コンプリートコレクションほか
■巻数 レーベルにより全11 ~ 36 巻(未完)

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