【置かれた場所は途上国】 カンボジア■下■ 喜びとチャレンジ 松岡拓也 2017年9月21日

 カンボジアを初めて訪れたのは2003年の夏。当時大学生だったわたしは、友人と2人、バックパックを担ぎながらタイのバンコクからカンボジアのシェムリアップまで陸路で移動しました。
 タイ側では特に不便は感じませんでしたが、いざ国境を越えてカンボジア側に入ると未舗装のがたがた道が続き、道の両側には地雷の標識がいくつも点在していました。手足を失った人々、物乞いや道で物を売る子どもたちの姿もよく目にし、国境を越えるだけでこれほど国の状況は違うのかと衝撃を受けたことを今でも鮮明に覚えています。

 わたしにとって初めて訪れた「途上国」であるカンボジア。そこにまた戻ってきて、子どもたちの笑顔のために貢献できること。そのこと自体が大きな喜びであり、日々仕事に臨む際のモチベーションになっています。初めてのカンボジア旅行から帰国した後、わたしはワールド・ビジョン・ジャパンのチャイルド・スポンサーシップを通じて、カンボジアの男の子と彼が住む地域を支援することにしました。あのころ、まさか十数年後にスタッフとしてこの国に戻ってくることになるとは想像すらしていませんでしたが、これも神様が用意してくださったご計画だったのだろうと今は振り返っています。

 仏教国カンボジアにおいて、キリスト教精神に基づくわたしたちの働きが高く評価されていることにも喜びと感謝の気持ちを抱きます。日本では「ワールド・ビジョン? NGO? 何それ?」というのが大方の反応でしょうが、カンボジアでは、政府高官から農民に至るまで、ワールド・ビジョンの名前と評判が人々の間に浸透しています。

 先日、タケオ州で牧師先生とお会いする機会がありましたが、この方は「ワールド・ビジョンの活動の成果やスタッフの働きぶりが、人々のクリスチャンに対する見方を少しずつ変え、聖書のメッセージに対して心を開かせてくれている」と仰っていました。ワールド・ビジョンは人々に直接福音を語ることはしませんが、わたしたちがなぜこの働きをしているのかという問いの根底には福音があります。良い仕事が良い証につながればと願います。

 さまざまな課題と向き合う日々ですが、前からずっと取り組まなければならないと思いつつ、ずるずると先延ばしにしていること。それはクメール語の習得です。外国語を学ぶのは好きなのですが、クメール語はどうも苦手で……。複雑な文字を見るだけでげんなりしてしまいますし、アルファベットやカタカナではうまく表せない発音もあります。カンボジア人スタッフが英語でがんばってくれているので仕事はできていますが、やはり同僚にせよ住民にせよ、クメール語で直接話すのと英語を介するのとでは「受け」が違います。

ここにも書いてしまいました……。もうやらなければ!

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