【東アジアのリアル】 台湾のキリスト教 長老教会と独立派との蜜月関係 藤野陽平 2017年10月11日

 写真は台湾最大のプロテスタント教派、台湾基督長老教会(以下、長老教会)のFacebookサイトから拝借してきたもので、2016年5月20日に行われた台湾の民進党蔡英文(さい・えいぶん)氏の総統就任式の際に会場に登場した人型の風船である。

 髭の長い西洋人風の男性が何やら白いものを持っているのが分かるだろう。この風船は台湾北部に初めてプロテスタントを伝えた長老教会のカナダ人宣教師ジョージ・レスリー・マカイ牧師を模したものである。彼は単に宣教師だったというだけではなく、教育者であり、医師でもあり、特に歯科医師としても活躍した。彼が手にもっている白いものは彼が抜歯した「歯」を模しているのだろう。

 しかし、なぜ外国人宣教師であるマカイが総統の就任式という政治的な空間に登場しなくてはならなかったのだろうか。日本と比較して考えれば、どれほど近代化に貢献したといえ、クラークやヘボンらが政治的な文脈で取り上げられるということはないであろう。

 この問題の答えはいたってシンプルである。それは長老教会が台湾語(北京語とは別の言語)の使用にこだわり、台湾アイデンティティの強い人が集まる傾向にあり、それゆえに台湾語教会と呼ばれるのだが、それが台湾の与党民進党を代表とする台湾を一つの国として中国から独立させたいと考える人々(シンボルカラーから、「緑」と呼ばれる)と志向性がマッチし、友好的な関係性を築いているからである。

 2016年1月に行われた総統と立法委員とのダブル選挙で、民進党は与党国民党を破り8年ぶりの政権交代を果たしたが、この際にも長老教会と民進党ら「緑」陣営は陰に陽にさまざまな協力関係を維持していた。

 いくつか例を挙げるならば、長老教会は選挙の半年ほど前の2015年5月12日に「2016年総統及立法委員選挙支持準則」という声明を発表し、どういった候補を支持すべきかを示した。長老教会はあくまで宗教団体で政治団体ではないので、この中で特定の政治家や政党名をあげて緑陣営を支持することはないのだが、台湾の文脈ではどう読んでも台湾の独立を志向する緑陣営への投票を呼び掛けているとしか読めないものであり、実際に大多数の長老教会関係者は緑陣営に投票したものと見られる。一方の民進党、蔡英文側も長老教会のイベントに参加するなどして、良好な関係性をアピールする。

 例えば台湾にプロテスタントが伝えられ て150年となる2015年には、それを祝う「台南教会日」というイベントが10月24~25日に行われたが、蔡英文や民進党の幹部らはこのイベントに参加し、台湾における長老教会の貢献が大きかったという内容のスピーチを行っている。なお、彼女はキリスト教徒ではない。こうした長老教会と独立派との蜜月関係は何も近年始まったものではない。長老教会は70年代からの台湾における民主化運動の一翼を担っていたという歴史的背景があり、自身長老教会の信徒でもある李登輝(り・とうき)はもちろん、その他の緑陣営のリーダーたちとも友好的な関係を構築している。

 台湾のキリスト教の事情を諒解するにはこうした政治的な戦後史の理解が必要不可欠である。次回以降いくつかのトピックに着目しつつ、台湾のキリスト教と台湾社会の政治や民族性について紹介していきたい。

藤野陽平
 ふじの・ようへい 1978年東京生まれ。博士(社会学)。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所研究機関研究員等を経て、現在、北海道大学大学院メディア・コミュ ニケーション研究院准教授。著書に『台湾における民衆キリスト教の人類学―社会的文脈と癒しの実践』(風響社)。専門は宗教人類学。

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