【東アジアのリアル】 「宮廷牧師」周聯華と日本 高井ヘラー由紀 2017年12月25日

 台北市にある「士林官邸」は、蒋介石・宋美齢夫妻のかつての私邸で現在は一般に公開されている美しい庭園だ。この庭園の一角に「凱歌堂(ガイカータン)(Victory Chapel)」という小チャペルがある。これは宋美齢が指名した周聯華(ジョウリェンホァ・1920~2016)が専任牧師として蒋介石夫妻らのために礼拝を執り行っていた、いわば蒋介石専用のチャペルだった建物である。

 中国上海出身の周聯華は戦後直後に米国の南部バプテスト神学院で学んだ後に台湾大学向かいにあるバプテスト教会「懐恩堂(ホァイエンタン)」主任牧師を約30年間務めた高名な牧師で、一昨年の2016年8月に96歳で逝去した。自身は外省人(戦後に台湾へ移動した国民党系大陸出身者)福音派バプテスト教会牧師にもかかわらず、本省人(戦前より台湾に居住していた生粋の台湾人)で台湾基督長老教会(以下、長老教会)指導者の黄彰輝(ンジョンフィ・文脈化神学の提唱者)らと共に、1960年代を通じて台湾における教会エキュメニカル運動を推進した。

 しかしエキュメニカル運動の世界ネットワークである世界教会協議会(WCC)は当時の国民党政府から「親共」として敵対視されており、1971年末に長老教会が出した「国是声明」(台湾の将来に関する決定権は米国や中国などの大国や国民党政権にあるのではなく台湾住民にあることを世界に向けてアピールした文書)をエキュメニカル委員会において起草した一人だった周聯華は、長老教会関係者と共に「親共分子」として蒋介石時代の国民党ブラックリストに載せられていた。

 ここで読者は不思議に思わないだろうか。長老教会関係者同様に国民党政権からにらまれていた人物が、同時に蒋介石お付きの牧師であるなどということがあり得るのか、と。

 真相はこうだ。周聯華は実際のところ常に命の危険にさらされていたのであるが、宋美齢があえて周聯華を凱歌堂牧師として強引に自分の手元に置いたことで国民党による殺害を免れた、というのである。

 その後1980年代後半に台湾が民主化すると、周聯華は1990年、「2・28事件」(1948年に勃発した国民党政府に対する本省人の蜂起および国民党軍による本省人虐殺事件)を記念して、長老教会牧師の翁修恭(オンシュウキョン)と共に追悼礼拝を主催。その中であえて自分の母語ではない台湾語を用いて本省人犠牲者遺族に対して外省人を代表して謝罪を行っている。

 ところで筆者は周聯華が亡くなる2年ほど前にインタビューをする機会を得たのであるが、その際に「これを最初に聞いてほしい」とうかがった話があった。周聯華を幼少時に育てたのは実母ではなく叔母であったが、実はその叔母すなわち育ての母が、他でもない日本兵に陵辱された上に殺された、というのだ。外省人を代表して本省人遺族に謝罪をした周聯華その人が、日本軍によって虐殺された中国人犠牲者の遺族であるということの意味を、わたしたちはよくよく考えなければならない、と思う。

 

高井ヘラー由紀
 たかい・ヘラー・ゆき 1969年ニューヨーク生まれ。中学卒業までを神奈川県および英国で過ごす。国際基督教大学卒業、同大学博士後期課程修了。ハーバード神学大学院ポストドクトラルフェロー、恵泉女学園大学非常勤講師、明治学院大学キリスト教研究所客員研究員などを経て、現在同大学非常勤講師。専門は台湾キリスト教史。

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