【クリスマスメッセージ】 輝く星に導かれて 片柳弘史(イエズス会司祭) 2017年12月25日

〝すべてを委ねて生きる人生〞

 遠くに輝く星を目指し、ラクダの背に揺られて旅を続ける博士たちの姿を思い浮かべる時、わたしは涙がこぼれるほどの感動を覚える。わたし自身も昔、遠くに輝くまばゆい星、マザー・テレサを目指してインドに出かけ、その星のもとでイエス・キリストと出会ったからだ。

インドへの旅

 23歳の時、わたしはバックパックを背負ってインドに旅立った。一つのきっかけは、大学3年生の時に父を亡くしたことだった。心筋梗塞による父の突然の死に直面した時、わたしの心の中に「自分の人生は、このままでいいのだろうか」という一つの疑問が浮かんだ。

 当時わたしは大学の法学部に通い、法律家になることを目指していた。それはそれで素晴らしい人生のはずだったが、どういうわけか「本当にこのままでいいのか」という思いが心のどこかから湧き上がってきて、その思いを振り切ることができなかった。今から思えば、それは神からの一つの呼びかけだったのかもしれない。

 迷いの中でわたしは聖書の勉強会に通うようになり、洗礼を受けた。だが、そこに一つの壁が待っていた。キリスト教で最も大切な「神の愛」は、どんなに勉強しても自分で体験しない限り決して分からないのだ。どうしたら「神の愛」を体験できるだろうと考えていた時、わたしはふと、子どものころにテレビで見た一人のおばあさん、マザー・テレサのことを思い出した。

 貧しい人々のために生涯を捧げて生きたマザー・テレサ。彼女について学べば、「神の愛」と出会うヒントが見つかるかもしれないと思ったのだ。彼女の伝記を読み、日本にある彼女の修道院のシスターと連絡を取る中で、まったく思いがけないことが分かった。偉人伝の中の人物、マザー・テレサが、なんとまだ生きているというのだ。リンカーンやエジソンと並ぶ世界の偉人が、まさか生きていると思っていなかったわたしは、その話を聞いた時、即座にインドに旅立つ決心をした。

初めてインドにマザーを訪ねた際の筆者(左)

 マザー・テレサとの出会い

 バックパックを背負って突然訪ねていったわたしを、マザーは満面の笑みを浮かべて歓迎してくれた。わたしの手をしっかりと握る彼女の大きな手のぬくもりを感じた時、わたしは「この人のそばにいれば、きっと人生の目的が見つかるに違いない」と確信した。

 翌日から、わたしは彼女の施設の一つでボランティアとして働き始めた。数カ月が過ぎた時、マザーは突然わたしに「あなたは神父になりなさい」と言い始めた。「貧しい人のため、神のために数カ月を捧げるのは美しいことです。だが、あなたにはもっと美しい人生が待っています。数カ月ではなく、生涯そのものを捧げてしまいなさい」とマザーはわたしに言った。

 すべてを捨てて、神さまにすべてを委ねて生きる人生。貧しい人や苦しんでいる人たちのために自分を捧げ尽くす人生こそ、もっとも美しく、幸せで、生きがいのある人生だと、マザーはわたしに教えたかったのだと思う。

 その後しばらくして、わたしは結核を発病し、日本に帰ることになった。完治するまでに2年余りかかったが、その間に、わたしは神父への道こそ神から自分に示された道だと確信することができた。26歳の時、わたしは修道会に入会した。あれから20年、叙階を受けて神父になってからでも、間もなく10年になろうとしている。

輝く星に導かれて

 なぜマザー・テレサの人生は、あれほどまばゆく輝いていたのか。それは、自分のすべてをイエス・キリストに捧げていたからだ。彼女の人生は、キリストの愛の輝きそのものだった。真実の愛に導かれ、その輝きを目指して旅立つ時、わたしたちはまばゆい光の中でキリストと出会う。あなたの周りにも、きっと星は輝いているはずだ。

 かたやなぎ・ひろし  埼玉県生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。1994~95年、インド・コルカタにあるマザー・テレサの施設でボランティアに従事。マザーの勧めで司祭への道を志し、イエズス会に入会。2008年司祭叙階。2013年からカトリック宇部教会、北若山教会、高千帆教会主任司祭。美祢社会復帰促進センター教誨師。Twitterアカウント(@hiroshisj)のフォロワーは6万人を超える。

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