【宗教リテラシー向上委員会】 「ポケモンGO」は現代のカルトか?  川島堅二 2018年1月21日

 ポケモンの宗教性を宗教学者の中沢新一氏は「多神教的感覚」と表現する(『ポケットの中の野生』)。確かに「ポケモンの世界」は多神教的なパンテオン(万神殿)だ。その一番下には、鳥や昆虫、魚、草木など人間に身近で捕獲しやすく育成も容易な一群のモンスターたち。バトルには不向きだが、アイテムや経験値の提供によりプレイヤーのレベルアップに貢献する。その上には、鉱物や火炎、毒物、ドラゴンや妖精、ゴースト系のモンスター。バトルで使えるものも格段に増えるが、捕獲育成の困難さも増す。そして、頂点には単独のプレイヤーでは決して捕獲できない「伝説のポケモン」の一群。「ポケモンGO」ではまだ登場していないが、その名は「始源」を意味するギリシャ語の「アルケー」と、ギリシャ神話の主神「ゼウス」に由来するモンスター「アルセウス」が、このパンテオンの頂点に君臨する「神」だ。

 このような多神教的性格にいち早く反応したのがイスラム教である。2001年にポケモンのカードゲームが世界的に流行した時に、サウジアラビアでは宗教令(ファトワー)を発令してこのゲームを禁止したが、その理由は、多神教と進化論を助長すること、日本の神道を含む他宗教のシンボルが含まれていることだった。

 また神学者の小原克博氏(同志社大学教授)は「聖地巡礼」のような役割も果たしているのではないかという。「バトルで勝利した後に伝説のポケモンをゲットできるかどうか、あの祈るような表情を横から見ていると、集団的な『祈り』の場、現代の宗教性の新たな姿を垣間見る思いです」と。

 昨年このゲームが世界中でリリースされた直後にあるユダヤ教徒が「(ポケモンGOに)熱中するプレイヤーを見ていると、ここ2000年ほどのユダヤ人の歴史を思わざるを得ない」「一つの場所から他の場所へと移動し、その都度その場所での使命を終え、それを繰り返す」と述べたという。

 わたしがツイッターで知り合った「ポケモンGO」の熱烈な愛好者、20代の若者たちは驚くほど禁欲的だ。「グルチャ」(グループチャットの略)という200人ほどの集団をSNS上で形成し、週末に渋谷など首都圏の繁華街で待ち合わせてゲームに興じる。ツイッターで随時メンバーを募集しているが、異性との出会いを期待してくる人が時々現れる。そのような「下心」はすぐ幹部に察知され、容赦なく「排除」される。メンバーたちは安心して純粋にゲームに集中できるのである。「多神教的パンテオン」「聖地巡礼」「禁欲的使命遂行」――いずれもこのゲームに認められる擬似「宗教性」だが、上述のグルチャの若者たちはオフ会でもラインのIDで呼び合う。毎日、SNS上で使っている呼名なので違和感はない。

 わたしは彼らのトレーナーレベル、チーム色(プレイヤーは赤黄青いずれかのチームに所属)、好きなポケモンを知っている。しかし、職業や住所のみならず本名も知らない。聞けば教えてくれるだろうが、あえて聞く人はいない。それは「ポケモンの世界」に不要な情報なのだ。素性を知らないまま親しくなり特殊用語を操る少しテンションの高い禁欲的若者集団、これって何かに似ている。そうだ!長年リサーチしているキリスト教系某カルト集団だ。「一斉にスマホを叩いてなんか異様だよね」。通りすがりの人のささやきを思い出す。「ポケモンGO」は現代のカルト?もちろん合法的な文化現象としてのだが。(次回につづく)

かわしま・けんじ
 1958年、東京生まれ。日本基督教団正教師、博士(文学)、東京と神奈川で10年間牧会の後、恵泉女学園大学教授、 学長、法人理事等を歴任。昨年4月より現職。専門は宗教哲学、組織神学。主著『F・シュライアマハーにおける弁証法的思考の形成』。

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