【伝道宣隊キョウカイジャー+α】 ただ言葉をください キョウカイゴールド(2代目) 2018年2月1日

 「初代」の後を継いで「2代目」の大役を拝命した2代目ゴールド、見参! 他の先輩キョウカイジャー共々よろしく!

 教師の仕事は目の前の子どもたちとの関わりだけでは終われない。子どもだけを見ていられたら……教育に携わる者の誰もが一度は思ったことがあるだろう。そう、教師にとって時に最強の敵にも最高の味方にもなり得る「保護者」の存在が、いつもつきまとうのである。

 小学校低学年の子どもたちと「言葉」について考えることがある。1年生でも友人関係が深まってくると、嫌なことを言われたり、汚い言葉をかけられたり、無視されたという声がしばしば聞こえてくるようになる。そんな時に「言葉は包丁になることがある」と語る。また無視については、そこに誰もいないものとされてしまうことなのだと伝える。すると子どもたちは、無視されることは、人を傷つける言葉や汚い言葉よりも、もっと嫌なことなのかもしれないと考えることができるのだ。

 ある保護者の話をしよう。その方は、幼稚園からの申し送りでも「要注意」がかかった、超有名な保護者だったが、ある出来事をきっかけに関係がこじれた。電話をかけても出てくれない、欠席の連絡なしに学校を休むなどと、アポが取れない日々が続いた。やっとの思いでメールを送り連絡がつくも、「お話できる状況ではない」と断られ、拒否され続けた。学年主任や管理職との判断で、保護者からの連絡を「待つ」ことになった。その後一つの学期が終わり、新学期にようやく子どもは学校に登校するようになったが、依然として保護者はまったく近づいてこなかった。何度も様子をうかがってみたが、会話はもちろんのこと、あいさつすらできる状況ではなかった。

 しかし数日後、「担任として、あの出来事をどう思っているのか」と詰め寄られた。話を聞いてみると第1の要求は、「ひと言、謝ってくれ」ということであった。担任、学校側からの「申し訳ありません」のその言葉を待っていたのだ。

 わたしとしてはこれまでは、話したくても話ができる状況ではなく、「拒否」されていると受け止めていたからたいへん驚いた。今回のわたしの失敗は、保護者の状況を鑑(かんが)みた上ではあったが、アプローチを避けていたことだったと思う。改めて謝罪した後、お話ができるようになり、関係を保つことができるようになってから、あの怒りの詰め寄りは、たいへんありがたいことだったと受け止めることができるようになった。「バカヤロー」でも「ふざけるな」でもいい。わたしはただただ保護者からの、言葉がほしかったのだ。

 新約聖書で「ただ、ひと言おっしゃってください」(マタイ8:8)と懇願した百人隊長のように、ただひたすらに言葉を求めていこうと、食い下がろうとする姿勢が、わたしには足りなかった。

 これからはこの言葉も付け加えようと思う。「もしも無視をされても、そんな相手なんて、おかまいなし! 何度でも声をかけていこうじゃないか」「たとえ無視をするような人がいても、諦めずに一歩近づいていこうじゃないか」と。もう諦めたり、逃れようとするのはやめよう。こちらから声をかけ、こちらから近づいていこうじゃないか。待ってろ、保護者!

キョウカイゴールド(2代目)
 金刺羊子(かねさし・ようこ)キリスト教主義の小学校で〝こひつじ〟たちを放牧する癒し系ひつじかい教師。時には保護者のひつじかいにも変身。イエス様のファンクラブが、子どもたちから家庭へと少しずつ広がっていくことを目論んでいる。武器:喜怒哀楽に合わせてコロコロかわる表情/必殺技:褒めホメ攻撃/弱点:虫

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