奇跡の「発見」を経て――バッハの次男エマヌエルの《ヨハネ受難曲》日本初演 2018年3月17日

 大バッハの次男カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(1714~1788)による《ヨハネ受難曲》の演奏会が3月17日(土)14時から東京新宿区の淀橋教会で開催される。主催はカウンターテナー歌手の青木洋也氏が率いる合唱団「ヨハネス・カントーレス」。

 ドイツの大作曲家バッハの息子として生まれたエマヌエルは18世紀半ばに時代を代表する音楽家として活躍した。晩年はハンブルク市の音楽監督をつとめ、市の依頼に応じて毎年、復活祭前の時期に受難曲を演奏し、21曲を残したことが知られている。今回は1772年にハンブルクで演奏された《ヨハネ受難曲》が取り上げられる。

 行方不明となった受難曲資料

 エマヌエル・バッハの受難曲の楽譜資料は、数奇な運命をたどっている。エマヌエルが1788年に死去すると、遺族によって彼の多くの楽譜は競売にかけられた。そして幾人かの手を経て1841年に所蔵先はベルリン帝国図書館(現・ベルリン国立図書館)に落ち着き、ほとんどのエマヌエルの受難曲の楽譜資料もここに含まれていた。

 しかし第2次世界大戦が勃発し、ドイツでは貴重な文化遺産を地方に分散・疎開させる政策がとられた。1943年に受難曲全曲を含むエマヌエルの楽譜資料もシュレジエン地方(ポーランド南西部からチェコ北東部にかけた地域)に移管されたが、同年11月に移管先の建物が空襲を受けて破壊され、その後、楽譜資料は行方不明となってしまった。そのため、バッハの息子の受難曲という非常に興味深い研究テーマであるにもかかわらず、資料は失われたとされ、戦後の研究者たちは喪失感を覚えるほかなかった。

キエフ資料の「発見」

 ところが、運命とは不思議なもので1999年10月に、なぜかその行方不明となっていた疎開の楽譜資料が、ウクライナ共和国の首都キエフで「発見」された。アメリカのハーバード大学ウクライナ調査所が、キエフの国立学芸資料館に、かつてベルリンにあった大量の楽譜資料が保管されていたことを突き止めたのである。そして、エマヌエルの受難曲の楽譜も、戦前とほとんど変わらない状態で現存していたことが判明した。

 これまでの研究の遅れを取り戻すようにアメリカのパッカード人文科学研究所では、エマヌエル・バッハの受難曲の楽譜出版が急ピッチで進められ、現在、全作の約半分ほどが刊行された。出版と呼応するように、ここ10年ほどドイツやオランダなどでは、四旬節になると、エマヌエルの受難曲が演奏され、その機会は次第に増している。そして日本でも今年、エマヌエルの《ヨハネ受難曲》が演奏されることになった。むろん日本初演である。その意気込みを、指揮者の青木洋也氏に尋ねてみた。

――なぜヨーロッパでも、新しいレパートリーであるエマヌエルの受難曲を取り上げることにしたのですか?

 私は誰もやらない曲を選ぶ傾向があるのですが、演奏家として、あまりスポットのあたらない曲を取り上げることも、役割のひとつだと考えています。誰もやってないからこそ音にしたいのです。作品には絶対に魅力があるはずですから、そこを見つけ出し、聴きにいらっしゃるみなさんに紹介したいですね。

――この作品の聴きどころを教えてください。

 コラール(賛美歌)がお勧めですね。コラールというと、バッハのものが有名で、それは「アラベスク文様」のようだと表現されるように密度の濃い和声が特徴ですが、今回の《ヨハネ受難曲》のコラールは、それとはまったく違います。ずっとシンプルな和声で、清々しい響きに満ちています。特に最初の冒頭コラールは「シンプル」だからこそ、聴衆が作品に入っていきやすい音楽になっていると思います。

 それから、ぜひ合唱曲、いわゆる「群衆合唱」を聴いてもらいたいです。受難曲において群衆合唱は、ドラマを盛り上げる非常に効果的な役割を果たします。曲そのものは、それほど長くはないのですが、短い曲にもかかわらず前半と後半で、まったく曲想が変化するなど、非常に工夫された音楽になっています。そうした表情の変化をとらえて、なにか印象に残るような演奏をしたいですね。 

 ――エマヌエル・バッハの受難曲を「はじめて聴く」という方にひと言お願いします。

 日本では父親のバッハの音楽は、とても人気があり、「私はバッハしか聴きません」というような熱烈なファンもいます。ですが、むしろバッハの素晴らしさを「さらに知る」ためにも、いろいろな作曲家の作品を聴いてほしいと思います。

 例えば、父バッハの《ヨハネ受難曲》をご存知の方は、今回の息子の作品を聴いて、比べてみてはいかがでしょうか。きっと発見があります。音楽は、いろいろな表現がある世界なのです。でもバッハだけだと、良くも悪くもバッハだけしか知らないことになります。それは「もったいない」と、私は思います。息子の作品を聴いて「やっぱり父の方がいい」と再確認するのでもいい。それでも、息子の作品を聴いた結果、父親の《ヨハネ受難曲》に対する理解がさらに深まっているはずです。

 独唱ソリストや管弦楽のメンバーは、私がいつも共演している仲間たちで、自信をもってお勧めする実力者ばかりです。また合唱団も、私が責任もって指導しましたので、ぜひ聴きにいらしてほしいです。

 ――ありがとうございました。

(聞き手 加藤拓未=音楽学)

  出演は、青木洋也(指揮およびアルト独唱)、中嶋克彦(福音史家)、浦野智行(イエス)、藤崎美苗(ソプラノ)、石川洋人(テノール)、藤井大輔(バス)、ヨハネス・カントーレス(合唱および管弦楽)。数奇な運命をたどったエマヌエルの《ヨハネ受難曲》が、ついに日本でも鳴り響く。この貴重な機会、ぜひ体験されることをお勧めしたい。

【公演情報】

日時:3月17日(土)午後2時(開場:午後1時半)
場所:ウェスレアン・ホーリネス教団 淀橋教会(住所:新宿区百人町1-17-8)
費用:一般2,500円(全席自由)、学生1,000円(当日のみ・要学生証)
お問合せ:Tel/Fax 03-3682-3876(事務局:渡辺)
E-mail tmonica0518@gmail.com(ヨハネス・カントーレス)
チケット取扱い:サンパウロ東京宣教センター Tel 03-3357-8642

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