【イースター特別対談】 加藤一二三九段×片柳弘史神父 棋士として信仰者として 2018年4月1日

 昨年の現役引退後もバラエティ番組に多数出演し、「ひふみん」の愛称で親しまれた加藤一二三九段。持ち前の明るさと特異なキャラクターで国民的な人気を集め、一躍時の人となった。対局の合間に賛美歌を歌い気持ちを和らげるというエピソードと共に、カトリック信徒であることも広く知られている。棋士としての歩みにキリスト教の信仰がどんな影響を与えたのか、片柳弘史神父と語り合った。

〝人の役に立つ人間にしてください〟 初めて明かす「初聖体」の時の願い事

片柳 今回の対談が決まった時、わたしが担当している幼稚園の先生や子どもたちに「今度、『ひふみん』に会うよ」と言ったら、とても驚かれました。たまたま電話があったので母にも話したら、「あの『ひふみん』と会うの……」と言って絶句していました。いまやそのくらい、年齢や性別を越えてすべての人たちから愛されている人気者のひふみんさん。キリスト教信仰が活動の土台になっていることもよく知られていますが、子どものころから自分は神さまに導かれている、神さまが自分に与えた道は将棋だというような感覚はありましたか?

加藤 小学校4年生の時に観戦記を読んでいて、将棋とは良い手を指し続けていけば勝てるものだと気づいた時に、間違いなくこの世界が自分の世界だと悟りました。それから、ノンストップで八段になったんです。しかし、わたしが30歳のころ、洗礼を受ける前の6カ月間くらい、棋士人生に行き詰まった、先が見えたと思ったことがありました。データ的に言うと、たぶん1勝1敗ぐらいの成績だったと思うんですよね。我々の世界では2勝1敗というのがトップの成績で、1勝1敗だったら悪くはないけれど普通なんですよ。わたしは何かこのままではいけないと思ったんですよね。
そんな時に洗礼を受けました。

片柳 将棋の道がまず示され、それから神さまのもとに導かれたということですね。神さまが与えられたタレントを生かすうちに、自然と道が開かれるということは、確かにあると思います。神さまは、一人ひとりに使命を与え、その使命を果たすのに必要なタレントも与えてくださいますからね。洗礼を決意するのに、時間はかかりましたか?

加藤 以前から聖アウグスティヌスの本を読んだり、子どもがミッション系の幼稚園に通っていて、応接室で『あけぼの』とか『家庭の友』などキリスト教の雑誌を読んだりはしていたので、あまり時間はかからずに、決めてから勉強して6カ月後に洗礼を受けました。そして洗礼を受けてご聖体をいただいた時に、自分なりに一つだけ神さまにお願いをしました。

片柳 初聖体の時の願い事はかなえられるという伝承は、聞いたことがあります。その時の願い事はどんなことだったのですか?

加藤 初めて明かしますが、「世の中の人の役に立つ人間にしてください」という祈りでした。神さまはすべてご存じだから、「名人にならせてください」とか「ずっと勝たせてください」とかではなく、そういうお願いをしました。今改めて思ったんですが、お願いしていてよかったと思いますよ。そのお願いが今実現しつつあると思っていますから。

片柳 一二三さんのお姿をテレビで見るだけで癒される。お言葉や行動から刺激を受けるという方は、全国に無数におられることでしょう。その意味で、確かに世の中の人の役に立つという願いはかなえられたようですね。それも、一二三さんが神さまから与えられたタレントを十分に生かし切ったからでしょう。聖書の「タラントンのたとえ話」の通り、使命に忠実であったことに神さまが報いてくださっているのかもしれません。テレビなどのお仕事で、困ったと思うようなことはありますか?

加藤 この前「笑点」という番組に出たんですよ。そこでも、「お悩みは何ですか?」と聞かれたんです。わたしは「羽生さんとどっちが強いか聞かれるのが最近の悩みの種です」と答えました。はっきり言って、羽生さんの方が強い。ただ、完成度は互角だと。わたしはモーツァルトやバッハなどのクラシック音楽が好きなんですが、つまり芸術は完成度が第一であって、その点で羽生さんとわたしは互角だと思っています。ただ本音で言うと、テレビでは言わないし公には言わないけど、ちょっと自分の方が上だとは思っていますね(笑)。

片柳 なるほど。勝ちの数よりも、将棋の質ということですね。どんな時でも全力を尽くす、一二三さんだからこそ言えることでしょう。将棋人生に行き詰まったと感じて洗礼を受けたということでしたが、洗礼を受けた後、将棋の方はどうなりましたか?

加藤 1970年に洗礼を受けましたが、72年に初めて対局の前の日に教会に行って祈ったんです。かれこれ3時間ぐらい祈ったんですが、次の日の対局では、意気軒高な心境になっていて勝ったんですよ。また、73年の1月15日に初告解をしました。その後1月17日、大阪で有吉八段と対局したんですが、それがまた絶好調だったんです。その時の対局を見た朝日新聞の観戦記者が「加藤さんは一段と強くなったことを感じた」ということを作家の方に伝えたそうです。

片柳 3時間も祈ったというのはすごいですね。心を空っぽにして祈っているうちに、心がだんだん喜びと力で満たされていくというのは、わたしも時々体験することです。講演会の前や、依頼された原稿を書く時などは、その前に何時間も祈ります。心が喜びと力で満たされた時に話したり、書いたりすると、いつもよい結果になるようです。神さまが、人間を使って偉大な業を行われているのかもしれませんね。

*全文は紙面で。

かとう・ひふみ 1940年福岡県生まれ。14歳で当時史上最年少の中学生プロ棋士となり「神武以来の天才」と評された。58年、史上最速でプロ棋士最高峰のA級八段に昇段。82年、名人位に就く。70年にカトリック下井草教会で受洗。86年にはローマ教皇ヨハネ・パウロ2世から聖シルベストロ教皇騎士団勲章を授与される。タイトル獲得は名人1期、棋王2期など通算8期、棋戦優勝23回。公式戦対局数は2505局で歴代1位。

かたやなぎ・ひろし 埼玉生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。1994~95年、インド・コルカタにあるマザー・テレサの施設でボランティアに従事。マザーの勧めで司祭への道を志し、イエズス会に入会。2008年司祭叙階。2013年からカトリック宇部教会、北若山教会、高千帆教会主任司祭。美祢社会復帰促進センター教誨師。Twitterアカウント(@hiroshisj)のフォロワーは7万人を超える。

 

 

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