【映画評】 『シェイプ・オブ・ウォーター』 ハリウッドにおける「禁忌の合法化」 2018年4月14日

監督:ギレルモ・デル・トロ/出演:サリー・ホーキンス、ダグ・ジョーンズほか
ヴェネツィア国際映画祭「金獅子賞」の受賞、アカデミー賞「作品賞」含む4部門での受賞。

 『シェイプ・オブ・ウォーター』は、政府の極秘研究所に勤める清掃員イライザと、アマゾン奥地より運び込まれた半魚人の〝彼〟との恋愛を描いた、メキシコ出身のギレルモ・デル・トロ監督の作品だ。本作は映画界の各賞に輝き、高い評価を得た。

 本作の特色は、非常に周到に準備された「禁忌の合法化」にある。

 主題である、イライザと〝彼〟との異種交配を思わせる恋物語が、作品の内外に張り巡らされた仕掛けによって防衛されている。架空の設定であるとはいえ、舞台は1962年のアメリカであり、女性であるイライザは明らかに当時の「弱者」として表現されている。

 イライザと〝彼〟を引き裂こうとする軍部の男、ストリックランドと彼女のやり取りは、幼少期に受けた傷によって発声ができない、女性清掃員であるイライザへの差別的な扱いを露わにしている。現代米国社会の倫理観においても、彼女が救われるべきマイノリティであることは間違いない。また、ストリックランドがマクドナルド創業者の著書『The power of positive thinking』の愛読者であることから察せられるように、彼はトランプ大統領のメタファーとして描かれている。

 つまり本作は、1962年当時のイライザへの差別的視線と倫理観を、ギレルモ監督自身を含むトランプ政権下で抑圧されるマイノリティに重ねて、異種間の性愛を賞賛すべきものとして描いているのだ。

 米国では公開後、保守的なキリスト教会から「悪魔崇拝と獣姦を推奨する映画だ」と批判の声が噴出したようだ。批判の正当性は別にして、本作がそのような反応を誘っていることは確かだ。劇中、旧約聖書・士師記から「サムソンとデリラ」が引用され、「神のかたち」を巡る会話劇がある。〝彼〟は、私たちの(そして神の)似姿なのか、それとも異形のものなのか。本作はあえて明示していない。

 いまハリウッド映画業界はマイノリティ擁護の姿勢を強めている。黒人のヒーローを登場させた『ブラックパンサー』や、19世紀の見世物興行を描いた『グレイテスト・ショーマン』などの作品群も記憶に新しい。アカデミー賞受賞によって『シェイプ・オブ・ウォーター』は、右傾化する政権下にありながら国際商品を送り出さねばならない、ハリウッドの政治的表明を託せる「安全な」作品とされたのだ。この恋物語を支援できない論者は、たちまちストリックランドに、そしてトランプ大統領に重ねられてしまう。

 ここに「禁忌の合法化」は完成する。この点で『シェイプ・オブ・ウォーター』は、非常に緻密な防衛を巡らせた作品であることは、疑いようもない。

 しかし、本作がそのような時勢への目配せによって成功を収めたのだとしても、筆者には二つの疑問が残った。

 一つ。不問にされている作中の男性たちの哀切である。ストリックランドは〝彼〟に噛みちぎられた指と共に、「強き父」としてのプライドを失う。隣人の同性愛者ジャイルズは失恋し、さらに友人を失う。〝彼〟の救出を手助けするホフステトラー博士は祖国との関係を失う。男性三者が回復不可能な喪失を抱え、イライザは、〝彼〟と共に海に消えてしまう。イライザと〝彼〟の駆け落ちが、男性たちの悲劇と引き換えに叶う構図は、なぜ必要とされたのだろう。

 二つ。イライザと〝彼〟が通わせていたものが恋愛感情だと、断言できるだろうか。言い換えれば、本作は本当に恋物語なのか。耳は聞こえるが声は発せられず、トーキー映画館の天井に住んでいるという設定を持たされたイライザは、いわば「無声映画期に閉じ込められた人物」として描かれているように思える。ラジオを脇に置いて交わされる、イライザと〝彼〟の手話は、無声映画の上映形態を模した逢引であり、その意味でも胸を打つ。しかし無音の水槽を泳ぐ〝彼〟にイライザが向けた興味は、ストリックランドが彼女に感じた興奮と、果たしてどこまで異なるものなのだろうか。イライザの自慰と、ストリックランドの性交が対比的に描かれていたことも印象深い。

 『シェイプ・オブ・ウォーター』は、今日のハリウッドの政治的倫理観を拡張することで、「禁忌の合法化」に成功した。だからこそ、私たちはその倫理の射程を問い直さねばならない。イライザは駆け落ちを達成したのではなく、〝彼〟に連れ去られただけなのかもしれない。あるいは、欲望のままに〝彼〟を所有せんと奔走し、命を落としてしまっただけなのかもしれない。いずれにせよ、私たちは、彼女を引き止める口実を作れないのだ。

 本作がホラーである可能性を忘れてはならない。〝彼〟の過剰なまでに不気味なデザインは、その読み替えを待っているかのようだ。(批評家 黒嵜想)

©2017 Twentieth Century Fox

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