バッハ演奏に「グレゴリオ聖歌」応用で新解釈 声楽家・指揮者 櫻井元希さんインタビュー 2018年5月15日

 「今まで誰も聴いたことのないバッハの演奏を」をコンセプトに活動する合唱団「サリクス・カンマーコーアSalicus Kammerchor」――その主催者である櫻井元希さんは東京芸術大学大学院出身の声楽家および指揮者で、現在31歳。櫻井さんは「グレゴリオ聖歌」の「ネウマ」を演奏に応用することで新しいバッハ解釈を打ち出し、話題を呼んでいる。

 「グレゴリオ聖歌」とは、中世に由来する単旋律聖歌のことで、「ネウマ」はその単旋律聖歌における旋律の動きや演奏上のニュアンスを視覚的に示した記号のこと。なぜ櫻井さんは、中世の演奏法を18世紀の音楽であるバッハに応用しようと考えたのか。そのアイディアの秘密を聞いた。

――バッハの音楽との出合いは?

 バッハの音楽との出合いは《マタイ受難曲》です。地元の広島で子どものころ、児童合唱団に所属しており、わたしが中学1年生か2年生の時、東京・目白にあるカトリック関口教会(カテドラル)で開催された、故・鈴木仁先生の指揮による《マタイ》公演にその児童合唱団が参加しました。公演でわたしたちは冒頭合唱と第1部の最終合唱のコラール旋律を歌いました。ですから《マタイ》が最初のバッハ体験です。

――音楽の道に進むきっかけは?

 東京での《マタイ》公演の後も、中学・高校生の間、地元の「合唱団そら」や「ヒロシマ・バッハ・ソロイスツ」でバッハの作品を歌っていました。その後、広島大学教育学部の音楽専攻に進学しましたが、さらに声楽を専門的に学びたいと思うようになり、広島大学を卒業後、東京芸術大学の声楽科に入学しました。大学では「バッハ・カンタータ・クラブ」という学生サークルに所属し、小林道夫先生のご指導のもとバッハの声楽曲を学びました。

――グレゴリオ聖歌との出合いは?

 きっかけは、古楽演奏家の花井哲郎先生と出会ったことです。花井先生の団体でルネサンスの声楽曲を専門に歌うプロフェッショナル・アンサンブル「ヴォーカル・アンサンブル カペラ」に参加するようになり、その結果、グレゴリオ聖歌と、ジョスカン・デ・プレ(1450ごろ~1521)などルネサンス・ポリフォニーを歌わせていただく機会がとても増えました。それと同時に花井先生は、フランス・バロック音楽の演奏も精力的になさっていて、そちらの演奏にも参加しているうちに、実践の中で音楽史の大きな流れが見えてくるようになったのです。

――それは、中世音楽(グレゴリオ聖歌)、ルネサンス音楽、バロック音楽の様式の変遷が把握できたということでしょうか?

 そうです。特に花井先生は、フランスの作品を一貫して取り上げていらっしゃるので、先生のもとで演奏に参加しているうちに、中世であれ、ルネサンスであれ、バロックであれ、同じ地域で演奏されていた音楽は結びつきがものすごく強いというか、特に歌いまわしという意味ではかなり共通する部分があるという実感を得ました。

ラテン語の歌詞の上に「点」や「曲線」のネウマ記号がある(Einsiedeln 121写本 f.311)

――どのようなきっかけで「ネウマ」をバッハの声楽曲に応用しようと思いついたのですか?

 グレゴリオ聖歌を歌うためには「ネウマ」について勉強する必要があります。そこでネウマを勉強し始めたのですが、実はかなりの衝撃を受けました。今まで「歌のなにを勉強してきたんだ?」と思ったほどです。ネウマに「歌のすべてがあるじゃないか」と思えました。なぜなら、ネウマが表現できる旋律の「組み立て方」は、旋律のほぼすべての要素をカバーしているからです。ですから、ネウマのない音楽など、存在しないのではないかとさえ思いました。それで気づいたことは、ネウマの基本的な考え方には、音楽のジャンルや時代を超えて共通するところがあるのではないか、ということです。

 ネウマの経験が蓄積されてくると、次第にルネサンスの曲、たとえばジョスカン・デ・プレの作品を歌っていても、その旋律のなかにネウマが見えてきてしまうようになりました。音楽様式は、まったく異なりますが、フランス・バロックの作品に取り組んでいても、同じようなことが起こりました。ですから、最初から意図的にネウマとバロック音楽を「結びつけよう」としていたわけではなくて、「結びついてしまった」という感じなのです。

 そこで、ネウマの基本的な考え方は、バッハを歌うときにも応用が可能なのではないかと思い、試してみたら、とても「しっくり」ときたのです。歌いやすくなりましたし、フレージングに迷いがなくなりました。ネウマを応用したら、バッハの作品でも「どうやって歌ったらよいのだろうか?」と迷うことがなくなったのです。それで、この方向でバッハの演奏に取り組むことも必要なのではないかと思うようになりました。

――今後の活動は?

 わたしが主宰する合唱団「サリクス・カンマーコーア」による演奏会が5月20日と23日にあります。今、お話しした新しいアプローチでバッハなどの作品を演奏します。曲目は、グレゴリオ聖歌にはじまり、バッハへと至る音楽の歴史を体感してもらえるように組んでいます。今回は特にバッハの音楽の背景を紹介したいと思い、バッハ一族のモテット作品を取り上げています。

 今回の第4回の演奏会をもって、バッハのモテット全曲を一通り演奏いたしましたので、次回はバッハのモテット全曲演奏会を企画しています。さらにバッハのモテット全曲を録音してCDも発表したいと思っています。

――ありがとうございました。(聞き手 加藤拓未)

【公演情報】
■公演①
日時:5月20日(日)午後2時(開場:午後1時半)
場所:台東区生涯学習センター ミレニアムホール
チケット取扱い:ミレニアムホール https://tiget.net/events/21656

■公演②
日時:5月23日(水)午後7時(開場:午後6時半)
場所:豊洲シビックセンターホール
チケット扱い:豊洲シビックセンターホール https://tiget.net/events/21657

費用:一般3,500円/学生2,000円(全席自由) *当日:一般4,000円/学生2,500円
お問合せ:Tel 080-5400-7200(山内/受付時間:平日19-22時、土日祝11-21時)
E-mail:salicus.office[アットマーク]gmail.com

【櫻井元希のホームページ】 http://genkisakurai.com/

【Salicus Kammerchor公式ホームページ】 http://www.salicuskammerchor.com/

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