【伝道宣隊キョウカイジャー+α】 スーパーマリオ並みの祈り キョウカイブラック 2018年7月1日

 「祈り」は神を信じる者の命の呼吸、そして教会を成長させる原動力でもある。だが、この星の奴らにとっては「祈り」は祈りなんかではなく、意味不明な呪文だ。百歩譲っても、祈りはクリスチャンや教会だけに通用する謎の言語にしかすぎない。俺はマジで言ってんだぜ。そして、これはすべての宗派に共通している。

 まず礼拝前、会議前の祈り「今ここに向かっている者の足を速めてください」って、お前本気か? どんなに祈っても足なんて速まるわけねえだろ。足が速まるのはスーパーマリオの「Bダッシュ」くらいだ。

 「今日この場に集えない者も、それぞれの場にあって祝されますように」って……。礼拝や集会、会議に来ていない奴らをジャッジしつつ、しかも上から目線で神にそいつらも恵んでやってくれってことだろ? そんな祈り要らねえよ。心配すんな。神は教会とか会議室に収まるほど小さくねえし、その場にいない奴のこともちゃんと見てるからさ。

 あと、こんな祈りの最後あるよな。「この小さな祈りを、ここにいる一人ひとりの心にある祈りと合せてみ前におささげいたします」って、謙遜してるのか偉そうなのか、何なんだ。全員の心の想いと合わせたら小さいわけねえだろうよ。変な配慮とか要らねえんだよ。

 祈りが、うまく行かない会議や気まずいお見舞いの最後に綺麗な言葉で場をごまかすツールになってはいないだろうか。そうじゃねえ、祈りは神と俺たちの魂を通わすいのちのやり取りだ。聖書の中にある詩編はスゴい。本当の祈りがあり、そこには魂の叫びがある。

 「主よ、あなたを呼び求めます。わたしの岩よ/わたしに対して沈黙しないでください。……嘆き祈るわたしの声を聞いてください」

 スゴい絶叫の祈りだ。神よ、俺はお前が必要だ! こんなに苦しんでいるんだ! 黙っていないで聴いてくれ! 俺がここにいるのに見えないのか! 神につかみかからんばかりの気持ちがここにはある。だが、どうだろうか。苦しい時の祈りは「父なる神さま、み名をあがめて感謝します。……み心でしたら、助けてください」となってしまう。

 そんなに丁寧に祈らなくていい。キリストが神を父と呼べと言った意味は、本気で向かえるオヤジと思えということだろう。「オヤジ! ふざけんなよ! 俺は苦しいんだよ! なんで分かってくんねえんだ!」―そう立ち向かっていいし、そう立ち向かうのが祈りなんじゃねえかな。

 礼拝中はそんな絶叫はできないだろう。でも、俺は誰かに一緒に祈ってほしいと言われて一緒に祈る時、ハッキリ祈る。「神さま、分からないよ! あなたは何処にいて何をしているんですか!」と。

 そして、一人の時は言葉に出すのが面倒だから倒れながら祈る。「神さま、もう疲れた……。この世界は何なんだ! 何とかしてくれ!」―礼拝堂に寝そべり、こういう想いをひたすらに神にぶつける時もある。俺たちは神を信じるクリスチャン、天の親父が聴いてくれているんだぜ。取り繕った言葉やポーズなんて要らねえし通用しない。だから今日も全力でありのままで、ありったけの想いで神に叫ぼうぜ!

キョウカイブラック
 黒田ジョスィ(くろだ・じょすぃ) ロックバンド、カフェなどで教会の常識と敷居を打ち破り、福音を世界に響かせるはみ出し系ロッカー牧師。 キリストこそROCKだと信じてやまない、熱い魂(ハート)の持ち主。教会での働きは意外にも真面目!? 武器:罪人重低音ベース/必殺技:ジーザス・クライスト・ロッケンビーム/弱点:理屈

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