【聖書翻訳の最前線】 1『新改訳2017』について 2018年8月1日

1「新改訳2017」について

「原典に忠実、かつ自然な日本語」
 新改訳2017では、「原典に忠実、かつ自然な日本語」という大きな目標を掲げました。しばしば、原典に忠実であることは、自然な翻訳文にすることと対立するものとして捉えられることがあります。しかし、今回の改訂においては、その二つを両立させることを目標とし、聖書学者チームと日本語チームが協力して改訳に当たったことが特色の一つです。
 今回はまず日本語の観点から、新改訳2017ではどのような文体を採用したかについて述べます

「文体の特徴」
 新改訳初版の文体の特徴の一つは、イエスの発話や、ペテロやパウロの説教、またパウロの手紙の文章において、デスマス体を用いたことでした。今回の2017の改訂においても、新改訳では初版以来のこの方針を維持しました。マタイ26章34節を例に、新改訳初版と2017の文体を示すと以下の通りです。

[新改訳初版] イエスは彼に言われた。「まことに、あなたに告げます。今夜、鶏が鳴く前に、あなたは三度、わたしを知らないと言います。」

[新改訳2017] イエスは彼に言われた。「まことに、あなたに言います。あなたは今夜、鶏が鳴く前に三度わたしを知らないと言います。」

 この文末語形の選択は、新改訳において描かれているイエス像に関して、一定の役割を果たしてきたと思われます。これは新改訳初版から2017への連続性という観点から重要な点です。また、ダ体、デアル体を用いている他の訳との違いが顕著な点でもあります。

 その一方、新改訳の文体が丁寧すぎるという批判もありました。そこで今回の改訂ではデスマス体の選択について検討を行い、福音書ではイエスの怒りや警告の発話、あるいは他の人たちの驚きを表している場面では、異なる文末語形を採用しました。以下がその例です。

ルカ11:43
[3版] わざわいだ。パリサイ人。おまえたちは会堂の上席や、市場であいさつされることが好きです。

[2017] わざわいだ、パリサイ人。おまえたちは会堂の上席や、広場であいさつされることが好きだ。

マタイ13:54
[3版] それから、ご自分の郷里に行って、会堂で人々を教え始められた。すると、彼らは驚いて言った。「この人は、こんな知恵と不思議な力をどこで得たのでしょう。

[2017] ご自分の郷里に行って、会堂で人々を教え始められた。すると、彼らは驚いて言った。「この人は、こんな知恵と奇跡を行う力をどこから得たのだろう。

 文末に関しては、未来の出来事に関する文末語形に注意を払いました。前出のマタイ26章34節で、イエスによるペテロの否認の予告について、新改訳初版では「であろう」という推量的な言い方ではなく、行為の未来の実現を表すル形を用いました。これは全知全能のイエスの発話として適切な言い方にするという意図がありました。しかし、他の箇所では類似の場面で推量形が使われていた場合があり、今回それをなくす改訂を行いました。創世記15章13節などです。

[3版] そこで、アブラムに仰せがあった。「あなたはこの事をよく知っていなさい。あなたの子孫は、自分たちのものでない国で寄留者となり、彼らは奴隷とされ、四百年の間、苦しめられよう。

[2017] 主はアブラムに言われた。「あなたは、このことをよく知っておきなさい。あなたの子孫は、自分たちのものでない地で寄留者となり、四百年の間、奴隷となって苦しめられる。

 以上福音書を中心に述べましたが、聖書全体における文体という点では、文学類型によってそれぞれにふさわしい文体を採用するという方針を採りました。たとえば、レビ記ではマニュアル的な文体を採用しています。(新日本聖書刊行会)

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