【聖書翻訳の最前線】新改訳2017 2「敬語に関する変更」 2018年8月11日

2「敬語に関する変更」

 日本語は敬語を持つ言語であり、聖書を日本語に翻訳する際には敬語をどのように扱うかの考察が必ず必要になります。新改訳聖書の今回の改訂においても、敬語に関していくつかの方針を立てて変更を行いました。

 一つは、冗長な敬語表現を避けたことです。特に3版までの新改訳で、一文の中で二つ以上の敬語が使われていた場合、多くの箇所で文末のみに敬語を限定しました。たとえば以下の箇所です。

ローマ11:2
[3版] 神は、あらかじめ知っておられたご自分の民を退けてしまわれたのではありません。

[2017] 神は、前から知っていたご自分の民を退けられたのではありません。

 また、人に対する神の行為について、「〜してくださる」を今まで以上に用いました。以下のような箇所です。

第一ヨハネ 5:11
[3版] そのあかしとは、神が私たちに永遠のいのちを与えられたということ、そしてこのいのちが御子のうちにあるということです。

[2017] その証しとは、神が私たちに永遠のいのちを与えてくださったということ、そして、そのいのちが御子のうちにあるということです。

詩篇 66:12

[3版]あなたは人々に、/私たちの頭の上を乗り越えさせられました。/私たちは、火の中を通り、水の中を通りました。/しかし、あなたは豊かな所へ/私たちを連れ出されました

[2017] あなたは人々に 私たちの頭をまたがせ/私たちは 火の中 水の中を通りました。/しかし あなたは私たちを/豊かな所へ導き出してくださいました

 3版の訳では、神がなさったことが何か人ごとのようにも感じられます。このような場合、神への尊敬を表す「〜された」などよりも、神と人との関係を表す「〜してくださった」の方がふさわしいと判断しました。

 敬語に関して注意したもう一つの点は、「自敬表現」と言われる表現を排除したことです。たとえば、出エジプト20:11では次のような変更を行いました。

[3版] それは【主】が六日のうちに、天と地と海、またそれらの中にいるすべてのものを造り、七日目に休まれたからである。それゆえ、【主】は安息日を祝福し、これを聖なるものと宣言された

[2017] それは【主】が六日間で、天と地と海、またそれらの中のすべてのものを造り、七日目に休んだからである。それゆえ、【主】は安息日を祝福し、これを聖なるものとした

 この節だけを読むと、3版のように敬語を用いた方が良いように思われるかも知れません。しかし、この箇所は、2節の「わたしは、あなたをエジプトの地、奴隷の家から導き出したあなたの神、【主】である」から分かるように、主が語った内容です。主がご自分のことを三人称で言及しているのです。今回の改訂では、このように自分に敬語を使う「自敬表現」をかなりの箇所で改めました。

(新日本聖書刊行会)

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