【聖書翻訳の最前線】新改訳2017 3「トランスパレント訳」 2018年9月1日

 新改訳が目指してきたのは、「トランスパレント訳」、つまり、原文が透けて見えるような訳です。この方針は今回の改訂でも、いくつかの面で反映されています。

 一つは類義語を訳し分けることです。原語で区別をしている類義表現は、日本語でもできるだけ区別するように改訂を行いました。この作業に関しては、聖書学者と日本語学者の間で議論をして、一番近いと思われる日本語の訳語をさがして整理を行いました。

 たとえば、賢さ・愚かさに関しては、今まで「賢い」「賢明な」「知恵のある」「思慮のある」「愚かな」「分別のない」「思慮のない」「わきまえのない」などの訳語が使われてきましたが、これらについて検討を行いました。

 第3版までヘブル語ペティの訳語として使われていた「わきまえのない」は、日本語では社会の中での自分の立ち位置の認識などに関係して使われることが多く、原語との意味のズレがありました。今回、この語には基本的に「浅はかな」をあてました。箴言27:12, 14:15などの文脈にも合う訳語を選択した結果です。このような作業の結果、箴言8:5は次のように改訂されました。

[3版] わきまえのない者よ。分別をわきまえよ。
     愚かな者よ。思慮をわきまえよ。

[2017] 浅はかな者たちよ、賢さを身につけよ。
      愚かな者たちよ、良識をわきまえよ。

 トランスパレント訳で重視しているのは、原語の表現を活かすことです。聖書の表現には、日本語で直接対応する表現がない場合が多くあります。そのような場合、新改訳では今までも原語のフレーズを活かす訳し方が行われてきました。たとえば、詩篇41:9, ヨハネ13:18の「かかとを上げる」などがそうでした。今回の改訂でも、さまざまな知識や想像、学習によって原語のフレーズの意味あいを理解できると判断した場合は、できるだけ原語に合わせた表現をする工夫をしました。

 たとえば、今まで「うなじのこわい」と訳されてきた表現(頑ななの意味)については、意味が分かりにくいという指摘がありましたが、今回は「うなじを固くする」としました。出エジプトの32:9は、「わたしはこの民を見た。これは実に、うなじを固くする民だ。」となりました。この訳であれば、牛が向きを変えようとしない様子に基づくこの表現のニュアンスを、ある程度の学習によって理解することができるのではないかと思われます。

 また、エズラ4:14では、3版の「王宮の恩恵を受ける」を、原語の表現を活かして「王宮の塩を賜る」としました。このほか、人を表す表現としての「肉なる者」もかなりの文脈で採用しました(ガラテヤ 2:16, Ⅰコリント1:29など)。

 最後に、今回特に重視したこととして、文脈の流れを活かしたことがあります。トランスパレント訳は、しばしば意訳に対する直訳と同一視されることがあります。でも、初級の英文解釈的な直訳は、かならずしもトランスパレントな訳にはなりません。ヘブル語、ギリシャ語の長い文を「直訳」した場合、後ろから訳すような形になり、原文にある情報の提示順序とは異なる訳文が作られます。そのような訳文は往々にして前後の文とのつながりが分からず、文脈の流れの点ではトランスパレントな訳ではありません。

 このような観点から、たとえば1コリント6:16は、次のように改訂しました。2017の方が原文の情報の提示順序と一致しています。また、遊女と交わる者が彼女と一つのからだになることと、「ふたりは一体となる」と言われていることの関係が分かるようになっています。

[3版] 遊女と交われば、一つからだになることを知らないのですか。「ふたりは一体となる」と言われているからです。

[2017] それとも、あなたがたは知らないのですか。遊女と交わる者は、彼女と一つのからだになります。「ふたりは一体となる」と言われているからです。

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