アジアのための神学院を東京に 菊地大司教、困惑 2018年9月1日

 「アジアのための新しい神学校が日本の首都で設立される」、とバチカン福音宣教省長官のフェルナンド・フィローニ枢機卿からの通告を受け、タルチシオ菊地功・東京大司教は、「困惑」を感じている、とカトリック系通信『UCAN』が8月22日、東京発で報じた。

 菊地大司教は、神学校の正確な場所も、いつ開校するのかも知らない、として「福音宣教省の決定に困惑させられている」という趣旨の声明を8月15日に発表。フィローニ長官からの書簡に添付された「神学校構想」は、目的を「新求道共同体に属す信徒に、アジアの福音伝道のための聖職となる準備をさせるため」としており、「アジア大陸の福音宣教に深く関わってきた司教、司祭、修道者の男女、信徒と協議し、アジアでの福音宣教のため教皇フランシスコの強い支持と共に、わたしはアジアのためのレデンプトリス・マーテル神学校を東京の首座と共に設立し、福音宣教省直属とする」としている。

 菊地大司教は、自身を含め日本の高位聖職者がこの問題に関する協議のために呼ばれなかった、と驚きを示した。

 同じ「レデンプトリス・マーテル」名を持つ神学校は高松教区で1990年設立されたが、その財政負担について、地元信徒と衝突し、訴訟にまで発展、2009年に閉鎖された。大司教は声明の中で、その「悲劇の日」を想起し、「わたしは、バチカンが承認した動きを否定したり、禁止したりはしない。規制したり排除したりもしない」と言う。しかし、「この神学校の歴史に対する反省や研究もなしに、日本で新求道共同体のためにだけの神学校再発足を理解することは困難だ」と付け加えた。

 1870年代に東京と長崎に設立されたカトリックの神学校は、1947年に日本司教会議でイエズス会による東京神学校と、スルピス会による福岡神学校の二校体制とすることを決議、翌48年にバチカン布教聖省により認可された。2005年の定例司教総会では、両校を合併し「日本カトリック神学院」東京キャンパスと福岡キャンパスとすることを決定し、08年に同庁福音宣教省長官より認可される。

 しかし同年、定例司教総会で再び二つの神学校に分けることが決定され、同庁福音宣教省長官に認可を申請することとなった。高松教区に1990年に設立され、2009年に閉鎖された新求道共同体の神学校「レデンプトリス・マーテル」については、そもそも二校体制に反するということで、日本の司教団は反発をしていた。しかし新求道共同体の神学校東京新設は、バチカン側の決定事項。設立されれば教皇庁立の神学校となり、既存の日本カトリック神学院とは一切の関係はないとしている。

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