【宗教リテラシー向上委員会】 「宗教自由」のエンディング産業? ナセル永野 2018年9月11日

 東京ビックサイトで開催された、葬儀に関するビジネスが集まる「エンディング産業展」に行ってきた。

 現在、エンディング産業は1.8兆円という巨大市場になっていることもあり、会場は非常に多くの人であふれかえっていた。入場しようと並んだ受付ブースで小さな問題が起きた。入場者区分に適切なものがないのだ。「葬祭事業者」「仏具店関係者」などのカテゴリーの中に当然ながら「寺院関係者」はあるものの、わたしは寺院とは関係ない……かと言って「一般」というわけでもないはずだ……入場者区分によって何か内容も変わるのかと思い「わたしはイスラム教の人間で……」と事情を説明すると、「少々お待ちください」と告げられ数分ほど待たされた。上司らしい人が来たが「え~っと……」というばかりで全然解決しないので「もう、どちらでもいいです!」と、寺院関係者と書かれたネームタグを受け取り、ようやく入場することができた。会場では終活や葬儀などに関するさまざまなビジネスブースが並んでいた。その中でわたしが特に注目したのは埋葬ビジネスだ。最近話題の樹木葬や海洋散骨、さらには宇宙葬というものまであるらしい。なんでも遺灰をロケットに乗せて宇宙で散骨するサービスだという。

 ムスリムの墓地は非常に質素だ。預言者ムハンマドは墓について以下のように語っている。「墓を漆喰造りにすること、墓を頑丈に造ること、墓にコーランの句、ハディースの句、ないし詩などを書いたり、石板などに碑を刻んでたてること、墓を踏んであるくことは禁じられた行為であり、誰の墓であれ、なんの目的であれ正しくない」

 地域によって多少の違いはあるもののムスリムの墓は基本的には土が盛り上がっているくらいの、一見すると墓には見えないようなものが多い。

 もう一つ、ムスリムの埋葬の特徴として「土葬」が挙げられる。コーランでは現世を罪深く過ごした人間が地獄の炎で焼かれるという内容が何度も言及されている。つまりムスリムにとって火葬は、地獄のイメージであり、絶対に避けるべき行為なのである。

 「日本に土葬できる場所があるの?」と思った人は多いかもしれないが、法律的には一部の条例に定められた場所以外で、土葬は禁止とはされていない。つまり「禁止されていない地域では可能」なはずなのだ。しかし、過去にはムスリムが霊園として土地を購入したものの、地域住民の反対運動によって計画が頓挫した事例もあり、「イスラム霊園」は北海道、静岡、茨城などの数カ所にしかないのが現状だ(だが一方で、都内にある多磨霊園の外人墓地にはムスリムが土葬されている例も少なからず存在はしている)。

 ムスリムの埋葬については長年の関心事項であったが、エンディング産業展の会場では「宗教自由」と書かれた霊園の広告が配られていた。後日、若干の期待を持ちつつ「宗教自由」と書かれた霊園に問い合わせてみた。

 「宗教自由という広告を見て電話したんですが……」「はい。すべての宗教の方にご利用いただけます」「イスラム教なので土葬なんですけど大丈夫ですか?」「土葬……? 土葬は……ちょっと……」

 「宗教自由」と書かれた霊園5件に電話したがすべてが同じ対応だった。今後、外国人が増加していく日本社会では宗教的な埋葬ニーズも多様化するだろう。土葬に限らず、宗教によっては水葬や鳥葬などのニーズも出てくるはずだ。日本のエンディング産業界が蔓延している「宗教自由」という虚像に気づく日は、果たして来るのだろうか?

ナセル永野(日本人ムスリム)
 なせる・ながの 1984年、千葉県生まれ。大学・大学院とイスラム研究を行い2008年にイスラムへ入信。超宗教コミュニティラジオ「ピカステ」(http://pika.st)、宗教ワークショップグループ「WORKSHOPAID」(https://www.facebook.com/workshopaid)などの活動をとおして積極的に宗教間対話を行っている。

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