【映画評】 『僕の帰る場所』 異境としての日本の孤独 2018年10月3日

 日本に暮らす、難民申請中のミャンマー人の一家。そう聞けば、近年猖獗(しょうけつ)を極めるロヒンギャ問題や、昨今立て続けに報じられる東京入国管理局による難民虐待疑惑のニュースを思い出す人も多いだろう。新人の日本人監督による映画『僕の帰る場所』はしかし、そうした情勢の緊迫や報道の喧騒からは徹底的に距離を置き、ある一家族の暮らしだけを丹念に映し続ける。

 難民申請が通らない中、一家の父親アイセは居酒屋の厨房で日銭を稼ぎ、同郷の友人たちの助けも得てなんとか家族を支えている。母親ケインもクリーニング工場で働くが、先の見えない状況のもと子育てへの不安が日々抑えようもなく膨らんでいく。2人の子である6歳の兄カウンと3歳の弟テッは、日本で育ち日本語しか話さない。

 膨大な時間と労力を傾注し続けた難民申請に不認定の結果が出ると、再申請を企図するアイセに抗い、ケインは子を連れミャンマーへ帰ることを決断する。物語の主旋律はそこで、6歳の兄カウンの目線へと大きく転調する。

 この十年ほどで町の風景の何に変化を感じるかと問われれば、少なくない日本人がおそらく「外国人がとても増えた」と答えるのではないか。相対的に物価の安い先進国となった日本へのアジア各国からの旅行ブームと、よりスパンの長い形で着実に増え続けてきた外国人労働者の存在がこの変化を生んだこと、そのどちらにおいても日本政府による政策誘導がこの流れを加速させてきたことは、今さら言うまでもない。

 周知のとおり、移民・難民の制度的受容に対する日本の極端な消極姿勢は、しばしば国際社会からの批判にも晒されてきたが、一方いつの間にか実質的に「日本は世界4位の移民受け入れ大国」となったとの指摘もある。これはOECD加盟35カ国の外国人移住者統計に基づく指摘で、こうした見かけ上の齟齬は日本政府が唱える「移民」の定義と、OECDのそれとが根本的に異なるため生じてくる。

 『僕の帰る場所』で描かれる一家は、まさにこの齟齬の陥穽(かんせい)に苛まれる人々の一典型だと言える。分厚い層としての移民労働の存在が公式見解としては否定されるため、両親は法的な身分を宙吊りにされながら不法労働により日銭を得るしかなく、子は日本しか生育環境を知らないのに日本居住者としての未来像を描けない。

 もっとも今日の日本では「嫌なら国へ帰れ」「なぜ彼らの面倒をみる必要があるのか」といった偏狭な論理の方がむしろ大手を振っている。とはいえ《ということになっている》という建前と、《実態はこうである》という現実とのギャップがしわ寄せとなって社会的弱者・少数者を襲う構図はなにも外国人をめぐる問題のみならず、福島の原子力災害や沖縄の米軍基地問題から性差別、障害者差別にいたるまで、昨今すでにおなじみのものだ。

 『僕の帰る場所』が映画表現として素晴らしいのは、一家の生きにくさの根源に横たわるこうした社会背景を一切説明的に描くことなく、家族一人ひとりの相貌にフォーカスを当て続ける点にある。家族という普遍のテーマを丁寧に映しとることで錯綜する諸問題を手際よく捨象し、誰にも共感できる物語へと仕立て上げている。

 母の意志でミャンマーに連れられてきた6歳の少年カウンが、見知らぬ「異国」の街としてのヤンゴンをさまよう場面はとりわけ秀逸だ。日本語が一切通じず、東京とは生活文化から宗教風俗まで何もかもが異なるヤンゴンの街の片隅で、少年はただ疲れ果てうずくまる。そこで彼が味わう感情は、望まず異郷の地で暮らす誰もが今日この瞬間にも感覚している孤独そのものだ。そうして彼に救いの手を差し伸べる他者が、本作ではすこし意外な形で現れる。

 映画は、「パパと一緒にいたい」と泣き叫ぶ3歳の弟テッの声で幕を閉じる。不思議とその泣き声に居心地の悪さや悲壮感でなく希望の芽生えを覚えるのは、そこへと至る道程で兄カウンが直面する現実を受け入れてゆく姿が瑞々しく描かれている故だろう。29歳の若さでこの質実な物語を撮り切った藤元明緒監督に、心からの賛辞を贈りたい。(ライター 藤本徹)

 10月6日(土)より、ポレポレ東中野ほか全国順次公開。

【公式サイト】 http://passage-of-life.com/

©E.x.N K.K.

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