シンポ「SNSと宗教」 ネットの限界と可能性を模索 2018年10月21日

 日本カトリック司教協議会諸宗教部門(宮原良治責任司教)主催のシンポジウム「SNSと宗教――LINE・Facebook・Twitterがわたしたちに問いかけるもの」が9月22日、カトリック麹町教会(東京都千代田区)で開催され、約130人が参加した。パネリストとして登壇したのは中山義紹(曹洞宗熊本県第一宗務所副所長)、阿部仲麻呂(カトリック・サレジオ修道会司祭)、志立正嗣(ヤフー株式会社執行役員会長室長)の3氏。

 仏教の立場から発言した中山氏は、禅における「智慧」が体感を通してでなければ伝えられないものであり、いかに執着から離れるかが仏教の基本的なスタンスであると紹介。門戸を広げるためのツールとしてSNSの利便性を認めつつも、そこから生まれた安易さに走り「思考放棄と判断忌避」に陥ることを危惧した。

 長年、インターネットを利用してきた阿部氏は、自身の経験からSNSの限界にも触れ「宗教と同じで、閉じこもって自己利益だけを追及すれば失敗する。自慢か批判になりがちだが、互いの身勝手さを糺した上で整った情報を発信していけば防げる」とし、充実したメッセージを準備して頻繁に更新するだけの資金、機材、人材が必要だと説いた。「結局は発信主体の心の持ち方が土台。若者と共有しながら考え、ネットリテラシーを高めていくことが必要」と結論付けた。

 志立氏は「キリスト教のアメリカ土着化」「ナチスのメディア利用」「大統領選とフェイクニュース」「ISIL/イスラム原理主義」のキーワードから、メディアと宗教の関わりを歴史的にひも解いた上で、「既存宗教の手で救われた可能性があったにもかかわらず、ネットのコミュニケーションによって悪い方向へ引き寄せられた人々がいる。SNS上には、彼らを救える可能性が広がっているというサインとして受け取るべきではないか」と呼び掛けた。

 また、カトリック教会がネット利用について消極的であることについては「経営の観点で言えば大きい組織の動きが鈍いのは当然だが、その分、トップダウンで大きなインパクトを与えられるメリットもある。教会の指導者がSNSの大事さを理解すれば変わっていくのではないか」と期待を示した。

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