【宗教リテラシー向上委員会】 宗教の本質を探るための試み 池口龍法 2018年11月21日

 本紙発行から3日後の11月24日、教会版コミックマーケット「いのり☆フェスティバル」(以下、「いのフェス」)が4年ぶりに東京に帰ってくる(日本基督教団深沢教会で午後1時半~6時)。「いのフェス」がスタートしたのは2011年で、今回が東京で5回目の開催である。「いのフェス」は、「いのりん」「かおりん」などの萌えキャラと「興せ、ぼくらの宗教改革!!」「集え、迷える羊たち!!」などエッジの効いたキャッチコピーで注目を集めてきた。わたしたち僧侶は、キリスト教のこの野心的な試みにはずいぶん刺激を受け、妬ましく思ったものだった。

 しかし、類を見ないほど過激なビジュアルやコピーに目を奪われがちであるが、「いのフェス」のそもそもの動機は、「サブカル文化をもち込むことで、教会に日ごろ来ない人に関心を向けて足を運んでもらう」という極めて真摯なものだと聞いている。わたしの実感としても、これは偽りではない。というのも、他ならぬわたし自身、「いのフェス」のおかげで教会に何度も足を運んで、仏教系グッズのブースを出展するご縁をいただいたのだ。また、関西で初開催となった2013年2月の「いのフェス関西」にはゲストとして登壇し、片柳弘史神父と対談させていただいた。その折に「仏像とフィギュアの違い」などについて本音で語り合えたことは、現代的な視点で信仰とは何かを考え直す大きなきっかけとなった。

 そしてわたしは今、「いのフェス」に負けないぐらいビジュアルが話題の「知恩院秋のライトアップ2018」に関わっている。お坊さん5人が、恋人つなぎで手を取り合い、笑顔でジャンプする今年のポスターやフライヤーは、「攻めている」などと大きな反響をいただき、連日マスメディアの取材が殺到している。

 もちろん浄土宗の総本山である知恩院も、「いのフェス」同様に奇をてらってこのような試みを展開しているわけではない。お寺の夜間拝観では、お堂や庭園が美しくライティングされているのを愛でるだけのところが多い。つまり、お寺を訪れても、もてなすのは僧侶ではなく紅葉なのである。しかし、知恩院では僧侶が法話と念仏の時間を毎日設けている。1カ月の会期を通じれば、およそ日ごろお寺と縁のない若い世代の人々数千人がお坊さんに出会い、仏教の教えを知ることになるだろう。

 知恩院が、批判をものともせずに斬新なビジュアルを果敢に採り入れる背景には、法話と念仏という教化活動の王道を実践している自負がある。他にも、一見、罰が当たりそうな試みの向こう側には、宗教の本質を探ろうとする人間の意欲がある。最近では、ドローンで仏像を飛ばし、テクノロジーによって神変を現実化しようとした仏師・三浦耀山さん、ウルトラマンとのコラボ仏具「ウルトラ木魚」を開発して供養の心を問い直す仏壇アーティスト・都築数明さんもまた、そのような気概ある人たちである。

 世間の常識を逸脱した試みには、批判もつきものである。もっと無難に、波風の立たない広報の仕方もありうるだろう。しかし、いくら評判を集めたところで、人間の心の奥底を揺さぶるものがなければ、宗教の価値は存在しない。そうであれば、「いのフェス」や知恩院のライトアップだけでなく、ステレオタイプを打ち破ろうとする刺激的なビジュアルは、宗教を伝えるために避けられぬ手法だろう。

 肯定的な意見も、否定的な意見もどんどん提出されればいい。宗教とは何かについて忌憚ない多くの言葉が紡がれてこそ、この社会の宗教リテラシーは向上していく。

池口龍法(浄土宗龍岸寺住職)
 いけぐち・りゅうほう 1980年、兵庫県生まれ。京都大学大学院中退後、知恩院に奉職。2009年に超宗派の若手僧侶を中心に「フリースタイルな僧侶たち」を発足させ代表に就任、フリーマガジンの発行などに取り組む(~15年3月)。著書に『お寺に行こう! 坊主が選んだ「寺」の処方箋』(講談社)/趣味:クラシック音楽

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