【宗教リテラシー向上委員会】 「一夫多妻」の幻想 ナセル永野 2018年12月1日

 「一夫多妻の国から来た人の健康保険はどうするんですか?」外国人労働者の受け入れ拡大に向けて国会では連日のように議論が続けられている。11月7日、出稼ぎに来た男性が多妻だった場合、健康保険の扶養適用範囲はどうなるかが論点になった。直接的な表現はなかったものの、ほぼ間違いなくムスリムの存在を意識してのことだろう。

 一夫多妻制度はイスラムの代名詞とも言える有名なシステムだ。男性が気に入った女性と好き勝手に結婚できるというイメージが強く、「男性優位」「女性差別」といった文脈で語られることが非常に多い。わたし自身も「奥さんは何人いるんですか?」と羨望の眼差しで聞かれることも珍しくない。

 確かにコーランでも「気に入った女を2人なり3人なり、あるいは4人なり娶れ」(4:3)と記載されており、妻は4人まで持つことが許されている。しかし、コーランには続きがあり「……もし妻を公平に扱いかねることを心配するなら、1人だけを」(同)とも記載されているのだ。つまり、一夫多妻の条件として全員の妻を公平に扱うことが求められる。

 そもそも一夫多妻を実現するための手続きとして、2人目の妻と結婚する際には1人目の妻の了承が必要となるし、3人目の妻を娶る時には1人目と2人目の妻両方の了承が必要になる。さらに言えば第1夫人・第2夫人・第3夫人といっても本妻と側室・妾のようなパワーバランスや序列はなく、あくまでも全員が公平な立場である。具体的に述べるならば、金銭的、生活レベルといった物質的なものだけでなく、愛情や夜の生活に至るまですべてを公平に扱うことが一夫多妻のルールなのだ。果たして、そんなことが可能なのだろうか? もちろん非現実的だろう。

 「あなたがたは妻たちに対して公平にしようとしても、到底出来ないであろう。あなたがたは(そう)望んでも。偏愛に傾き、妻の一人をあいまいに放って置いてはならない」(4:129)

 妻を公平に扱おうとしても、現実的には非常に難しいという内容はコーランの別の章句にも記載されている。複数の妻を公平に扱おうとしても、1人を特別扱いし他の妻を放っておいてしまう。だから、一夫多妻はとるべきではないのだ。つまり、一夫多妻は制度として認められてはいるものの、現実的には機能していない不思議なシステムなのだ。

 ではなぜ、この矛盾したような制度があるのだろうか。それを理解するにはイスラムの歴史を振り返る必要がある。イスラム史の初期は何度も戦争が起こり、多くの男性が戦死した。当時、家族の大黒柱である男性を亡くした家族が路頭に迷うことなく、女性や子どもを救済する方法として啓示されたのが一夫多妻制度だったのだ。つまり一夫多妻は非常時における女性や子どものセーフティーネットが本来の役目であり、男性の快楽のためのものでは決してない。

 現在、日本のムスリム人口は約15万人と言われているが、その大半は外国人だ。バブル期にバングラデシュ、パキスタン、インドネシアといったイスラム圏から出稼ぎに来たムスリム男性が日本人女性と結婚し、定住するようになった。結婚に際して日本人女性もイスラムへ入信し、2人の間に生まれてきた子どもたちもムスリムとなる。このような家族が日本のムスリム人口の大部分である。もちろん、彼らはこれまで述べてきたような一夫一婦のカップルばかりだ。

 「イスラム教の男性は一夫多妻でうらやましい!」そんな幻想が消え去るのはいつだろうか?

ナセル永野(日本人ムスリム)
 なせる・ながの 1984年、千葉県生まれ。大学・大学院とイスラム研究を行い2008年にイスラムへ入信。超宗教コミュニティラジオ「ピカステ」(http://pika.st)、宗教ワークショップグループ「WORKSHOPAID」(https://www.facebook.com/workshopaid)などの活動をとおして積極的に宗教間対話を行っている。

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