【伝道宣隊キョウカイジャー+α】 餌付けされたバッファロー キョウカイグリーン 2018年12月25日

 「献金収入が減った」という話をよく聞く。筆者の教会だってそうだ。役員会で支出を削ろうという話を振るが、あれもこれも今まで必要だったんだからこれからも必要だ、という結論になり、積み立てを食いつぶしている。友人の教団は昨年、献金収入が減り、確実に支払いができるか分からない中、本部ビルの増改築に3億円をつぎ込むことを決議したという。今後、所属する牧師の給与(謝儀)を確保することが極めて困難で首が回らないにもかかわらず……。

 会堂は本当に必要なのだろうか。主イエスが誕生し、羊飼いたちが賛美に集った世界で最初のクリスマスは自前の会堂で行われなかった。客間すら借りることができず、貸してもらった家畜小屋でクリスマスは祝われた。初代教会も自前の会堂なんて持っていなかった。収入が減っている中、多額の支出が伴う自前の会堂を持つ以外の選択肢はないのか、よくよく考える必要がある。

 「自分の持ち物を一切捨てないならば、あなたがたのだれ一人としてわたしの弟子ではありえない」(ルカ福音書14:33)という主イエスの言葉がグサリと突き刺さる。長年、主イエスの弟子のつもりでいたが、持ち物一切を捨てていないわたしは弟子もどきだと気づかされた。教会の経済問題は、牧師も信徒も持ち物を一切捨てた主イエスの弟子ばかりであるなら、解決してしまう。所有にとらわれていない分、献金収入は増えるし、支出は減るのだから。

 「野生のバッファローなんて捕まえられるもんじゃない。だがな、そんなバッファローでも数カ月にわたって餌付けを続ければいい。食糧を探す手間を面倒に感じたバッファローはいとも簡単に捕まえられる」という話を聞いたことがある。

 経済成長が前提だった時代に、自前の会堂を持ち、牧師を迎え、それなりの牧師給を払う教会に慣れ親しんだ我々は、餌付けされたバッファローなのかもしれない。主イエスの弟子はそもそも野生のバッファローだったのに……。

 日本の労働人口は減り、経済が縮小する中、収入は減っているのに、あれもほしい、これもほしい。今までのものも維持したい。会堂も要るし、牧師給も必要だ……と悩んでいるなら、世間の悩みと大して変わりがない。ないならないで底抜けに喜んでいたり、希望にあふれたりしているリアリティがなければ宣教力も、拡散力もない。

 20世紀末にアフリカ南東部の国ジンバブエで活動した上田奈生子さんのエピソード。政治経済状況が悪化し、1日1食状態。失業し、経済的な搾取や政治的な暴力の被害者となり、拷問され、あるいはバス代にも事欠き、子どもの学費を払えず、あるいは明日はエイズが発病するかもしれないというような外部的環境の中で、ジンバブエの「普通の」キリスト者たちは希望と平安がしっかりと根付き、幼子のように底抜けに明るかったという。

 献金収入が減ろうが、野生のバッファローなら大した問題ではない。問題は所有にとらわれ、餌付けされたバッファローになっている牧師と信徒の中にある。

キョウカイグリーン
 緑方定助(みどりかた・じ ょうすけ)地域のパパ友・ ママ友との交流が広く、日々育児日記をつづってい る育児系ブロガー牧師。何よりも 愛する家族を最優先し、困ったら一目散に逃げる。息子・承太郎といつも一緒。 武器:共感イヤー/必殺技:宣言アタック/弱点: 妻

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