【宗教リテラシー向上委員会】 ユダヤ人の多様な国家・宗教観 山森みか 2019年3月1日

 私が住む現代のイスラエルでは、ユダヤ、イスラム、ドゥルーズ、キリスト教といった宗教の共存が大きなテーマである。また前回(2019年1月11日付)書いたように、ユダヤ人の内部でも宗教派と世俗派の激しい対立がある。今回はもう少し詳しく、宗教と国家に対するそれぞれの姿勢について述べてみたい。

 だがその前に、私自身の立場を簡単に説明しておこう。私自身は「みか」という預言者にちなんだ名前が示すとおり、戦後日本のクリスチャンホームの生まれである。プロテスタントの教会で幼児洗礼を受け、成人後に信仰告白をした。つまり日本のキリスト教の基準から見ればキリスト教徒なのだが、それを証明する英文書類もないので、イスラエル内務省における市民権登録書類に宗教は記されていない。

 夫は積極的無神論の世俗派ユダヤ人で、すでに成人した息子と娘がいる。私自身が非ユダヤ人なので、子どもたちも非ユダヤ人であった。「あった」と過去形なのは、息子は改宗していないが、娘は兵役中にユダヤ教に改宗したからである。ちなみに今のユダヤ教には大きく分けて正統派、保守派、改革派があるのだが、イスラエル国政府に正式に認められているのは正統派のみである。

 ユダヤ教の改宗手続きというのは時間がかかるもので、数カ月、時には年単位で聖書やタルムードについての学習を重ねる。最終的には宗教裁判所でラビたちの前で個別に口頭試問を受け、その問答によって合否が決まる。その試問もただ暗記した正答を述べるのではなく、どちらかといえば拙くてもオリジナリティのある応答が求められる。一度では通らず落第を繰り返すことも多い。また改宗したからといって、必ずしも敬虔な戒律を守る生活に移行するわけではない。つまり私は、世俗派ユダヤ人を家族として生きているが、ユダヤ教の戒律とは縁のない生活を続けている。

 さてユダヤ教宗教派の中で、外から見て分かりにくいのが彼らの現実の国家に対する政治的態度であろう。現代のイスラエルが「ユダヤ人国家」であるか否かは今大きな問題になっているが、ユダヤ教超正統派の人たちは現在のイスラエル国家を認めていない。彼らは聖書に由来するユダヤ教の戒律に基づいた宗教的共同体のみを正当と見なすので、イスラエルの国旗も揚げず国歌も歌わない。国に納める税金や国民の義務としての兵役も自分たちは負わないという立場である。

 その一方で宗教右派と呼ばれる人たちは聖書の記述に基づいて、すなわち自らの宗教的信念に拠ってイスラエル国家の国土拡大を主張している。このような考え方をする人々にとっては、過去の古代イスラエルと現代イスラエル、宗教共同体と現実の国家が重ねられている。ユダヤ教正統派の宗教派の中でも、その立場によって国家に対する態度が180度異なるのである。

 それに対して世俗派のユダヤ人は、概して宗教的信念ではなく、実際的、現実的な判断をする立場だと言える。ユダヤ人が国を持たないが故に迫害されてきた歴史に鑑み、さまざまな矛盾はあれど今の世界情勢においては国民国家という形式が民族が生き延びるためには最適と考え、その存続のために納税や兵役という世俗の義務を果たす。彼らの中でも政治的な意見は右から左までさまざまだが、それは特に宗教的信念というわけではない。

 このように、自分たちの属する国家に対してもユダヤ人の考え方はさまざまで、ユダヤ人だからこう考えるという定型はないのであった。

山森みか(テルアビブ大学東アジア学科講師)
 やまもり・みか 大阪府生まれ。国際基督教大学大学院比較文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。1995年より現職。著書に『「乳と蜜の流れる地」から――非日常の国イスラエルの日常生活』など。昨今のイスラエル社会の急速な変化に驚く日々。

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