〝集団化の中で個を保とう〟 ドキュメンタリー映画『A』『A2』監督 森達也氏が名古屋キリスト者集会で講演 2019年3月1日

 「建国記念の日」制定以来、53回目を数える名古屋キリスト者集会が2月11日、日本基督教団名古屋教会(名古屋市中区)で開かれ約120人が参加した(中部キリスト教靖国神社問題連絡会議主催、名古屋キリスト教協議会、愛知県キリスト教連合、日本基督教団中部教区愛知西地区「靖国神社問題特設委員会」後援)。

 今年はオウム真理教を扱ったドキュメンタリー映画『A』『A2』で知られる、作家で映画監督の森達也氏(明治大学特任教授)が「世界はもっと豊かだし、人はもっと優しい」と題して講演した。

 森氏は今年1月、「なぜオウムはサリンを撒いたのか。麻原は何を考えていたのか。何をしたかったのか。オウム裁判の最大の問題点は何か。知ってほしいし気づいてほしい」との思いから、自著『A3』(集英社)をネット上で無料公開したばかり。同作は映画2作品に続くものとして2010年に執筆したノンフィクションで、12年に文庫化された。

 森氏は、1995年3月20日の地下鉄サリン事件以降、メディアをはじめ日本社会がどう変化し、人々がどう受け止め、元幹部の処刑に至ったかについて順を追って解説。

 ノルウェーの刑務所や法務省を取材した動画も披露しながら、著しく集団化の傾向が強まる中で一人ひとりが「個」を保ち続ける必要性を訴えた。

厳罰化より寛容化で安定
「宗教は歴史的教訓も明示」

 メディアが軒並みオウム事件一色だった1995年当時、通常の番組がほぼ打ち切られ、オウムと名が付けば視聴率が上がるという「オウム特需」に狂奔する中、そもそも宗教に関心がなかったという森氏は、青山のオウム真理教本部で一般の信者に取材を申し込んだ。しかし、坂本弁護士一家殺人事件につながるいわゆる「TBS事件」を機に、メディアはTBSを叩く一方で自ら委縮していった。結果として森氏の取材もプロデューサーから中止を示唆され、テレビ放映の道は断たれる。

 1998年公開のドキュメンタリー映画『A』を見た人の多くは、「信者がこんなに普通の人だとは知らなかった」という感想をもらした。「オウムは凶暴な殺人集団で、麻原に洗脳され理性や感情を失った危険な人々であり、自分たちとは違う存在だから凶悪な事件を犯したと社会は納得したかった。しかし、これほどに純粋で善良な人たちが、なぜあのような事件を起こしたかを考えるべきだった」と森氏。

 オウム事件以後、世論の後押しで厳罰化が進行し、セキュリティ関連企業が業績を伸ばすような過剰な監視社会が到来する。いまや監視カメラの台数は人口比で世界1位。ホームレスや不審者など、少しでも危ういものは身の回りから消えてほしいという心理が働いているという。

 しかし、殺人事件の数は戦後最小を毎年更新し続けており、悪化しているのは「体感治安」だけ。森氏は、地下鉄サリン事件と2001年のアメリカ同時多発テロを比較し、「どちらもよく分からない宗教集団から突然理不尽な攻撃を受けるという点で共通する。報復するしかないという反応も酷似する」と指摘。

 こうした傾向と対照的に寛容化を進めるノルウェーの事例にも触れ、1841年に設立されたノルウェー最古の刑務所で、受刑者と刑務官が同じテーブルで食事をする様子や、関係者へのインタビューをもとに、受刑者がスムーズに社会に適応できるよう促すことで再犯を抑制しようとしている取り組みを紹介した。

 ノルウェー法務省の官僚は、「ほとんどの犯罪は『愛情の不足』『教育の欠落』『現在の貧困状況』という、三つの要素によって起こる。これらを是正することこそが刑罰」「彼らは十分に苦しんできた。さらに苦しめても意味がない。どうやったら彼らが社会に戻って来られるかを考えるべき」と話す。敷地内には教会もあり、毎週、神父や牧師も訪れる。

 70年代前半までは厳罰化の傾向が強く、治安も悪かったというノルウェーだが、寛容化にかじを切ってから犯罪も減り、治安が安定することに人々も気づいた。

 また、「個人的にイエスの人間臭いところが好き」と打ち明けた森氏は、キリスト教は何度も過ちを繰り返してきたが、その歴史があってこそ今があるとし、「イエス・キリストの言葉をしっかりと意識化していれば、キリスト教の歴史は変わっていた。浄土真宗も同じ。親鸞の説いたことをしっかり解釈していれば、ハンセン病への差別など過ちは犯さずに済んだ。信仰は時として人を過ちに誘うと同時に、歴史的な教訓も明示してくれるもの」と言及。

 世界一ベストセラーが生まれやすいと言われる日本で、「集団の中に埋没せず、どう個を保つかが課題」と、自分の意見を表明することの重要性を強調した。

 最後に、モンゴルの羊飼いから聞いた教訓として、羊100匹に対して必ず山羊1匹を加えるという知恵を紹介。食べる草がなくなっても自発的には動かない羊に対し、勝手に草を求めて動く山羊(やぎ)が群れにいることで、それにつられて羊が動くために、全体が移動できる。

 「日本文化は『羊』の傾向がやや強い。道徳が点数化されてしまうような国で、自身が抱いた違和感を口にし、『山羊度』を少しでも上げていきましょう。周りが同じ方向を向いている時に、ほんの少し違う方向を向いてみる。一人ひとりが変わればメディアは変わるはず」と呼び掛けた。

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