【映画評】 『サンセット』 翳(かげ)りの鏡像、帝都の夢 Ministry 2019年2月・第40号

 アウシュヴィッツ強制収容所の内幕を描く長編デビュー作『サウルの息子』で、2015年カンヌ映画祭グランプリを獲得したネメシュ・ラースロー監督による2作目『サンセット』が、今春日本で公開される。あらゆる人間性が剥奪された状況下でユダヤ教式の葬送に執着する男サウルの描写でこの監督の見せた奥深い表現性は、今回の新作においても全編に充溢する。

 1913年。前世紀栄華を極めたオーストリア=ハンガリー帝国の王都ブダペストは、虚飾と退廃がもたらす不穏な空気に満ちいていた。第一次世界大戦前夜のこの街にある、王族御用達のレイター高級帽子店が本作の舞台となる。主人公の女性イリスはこの店で働くため上京するが、実は創業者の娘でかつて養子へ出されたことが知られ就職を拒まれてしまう。イリスの家族を襲った不幸の謎を追う物語はそこから、王侯貴族の腐敗や戦乱の予感を巻き込み大展開を見せ始める。

 ラースロー監督は語る。「1世紀前、絶頂期にあったヨーロッパは自滅していきました。文明がその絶頂期において自ら毒を生成し、それが破滅をもたらしました。私は今、1914年の第一次世界大戦が起こる前とそうかけ離れていない世界に生きていると感じています」

 欧州斜陽の20世紀初頭を描く『サンセット』はこの意味で、若々しい黄金期から黄昏期へと沈みゆく「経済大国日本」を含む米国覇権退潮下にある旧先進国群の戯画とも言える。帽子店を舞台とする点も示唆的だ。「たかが帽子に大げさな」とは本編でのオーストリア皇太子(翌年ボスニアで暗殺され大戦の引き金となる人物)の台詞だが、そこではチューリップ・バブルのような浮き世の滑稽さと、表裏で様相のまるで異なる帽子に込められた風刺とが、鏡のごとく現代の狂瀾を映し返す。

 また本作においては明確に、サイレント末期における映画史上の傑作『サンライズ』が意識されている。1927年作『サンライズ』は、ドイツの巨匠F・W・ムルナウが米国へ移った最初の作品で、大戦で荒廃した欧州から米国への世界基軸の遷移を象徴すると同時に、路面電車の走る街並みから湖まで全シーンでセットを作った破格ぶりでも知られる。『サンセット』でラースローはこれに倣い、ブダペスト郊外に帽子店を含む街並みのフルセットを現出させた。それはデジタル時代を迎え光と闇の質が一元化されつつある映像表現の現潮流に対するラースロー孤高の抵抗だ。1913年欧州大陸での落日に、内省的陰翳を添え1927年米大陸の暁光へと連ねるこの大胆さ。

 映画はこうして、幼少期の謎に派生した数々の不可解事を探る主人公イリスの目を通し、王都ブダペストの壮麗な街路を再三映しだす。しかし飾り立てた馬車が宝石箱のような街をゆく映像美は、しばしば焦点を曇らせる。それは本作のカメラ視点が、つねに主人公イリスの視界を憑依させているからで、近視点を徹底するその独自手法は前作『サウルの息子』に共通する。事態の全貌が見渡せず、多言語が行き交い情報の整理も不能の混沌状況を単視点の縛りで乗り切る、実人生が対象化される感覚すら覚えるこの手法には、麻薬にも近い没入性がある。

 ラースローのデビュー長編『サウルの息子』では、主人公の囚人サウルがラストで不意にカメラ目線となり、笑みを洩らしたあとナチス兵士による銃殺の音が空へ響く。『サンセット』において主人公イリスは、ラストショットで第一次大戦下の独軍塹壕の暗闇からサウル同様こちらを見据える。その表情にはしかし一切の感情がよみとれない。その屹立した、烈しくも冷徹な両の瞳が厳しく映し返すものは言うまでもなく、100年後を生きるこの私たちのあり様だ。(ライター 藤本徹)

3月15日(金)より ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか公開。

『サンセット』 “Napszallta” “Sunset”

監督・脚本 ネメシュ・ラースロー
出演 ユリ・ヤカブ、ヴラド・イヴァノフ、モーニカ・バルシャイ
2019年/ハンガリー、フランス/142分/カラー
後援 ハンガリー大使館/配給 ファインフィルムズ
公式サイト http://finefilms.co.jp/sunset/

 

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【Ministry】 特集「10年目のリアル」 40号(2019年2月)

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