四旬節に聴く受難曲 秘曲――オルランド・ディ・ラッソ《マタイ受難曲》演奏会 「ベアータ・ムジカ・トキエンシス」インタビュー 2019年3月9日

 後期ルネサンス時代の音楽家オルランド・ディ・ラッソ(1532~94)作曲《マタイ受難曲》の演奏会が3月4日、豊洲シビックセンターホール(東京都江東区)で行われた。演奏は専門家の声楽アンサンブル「ベアータ・ムジカ・トキエンシス」。

 ラッソの《マタイ受難曲》は1575年に出版されたもので、作曲された当時だけでなく18世紀半ばまでドイツ語圏では演奏され続けた。「ベアータ・ムジカ・トキエンシス」は3月4日の公演で、この隠れた名曲を精緻で美しいアンサンブルで紹介した。3月9日にも同公演(午後2時開演)が東京・大田区の大森福興教会を会場に予定されている。演奏会を企画・演奏している「ベアータ・ムジカ・トキエンシス」から長谷部千晶(ソプラノ)、及川豊(テノール)、斉藤基史(企画アドバイザー)の3氏に、今回の意気込みなどついて聞いた。

(左から)長谷部千晶、斉藤基史、及川豊の各氏

――「ベアータ・ムジカ・トキエンシス」の結成の経緯と目指す活動について教えてください。

及川 私はこれまでルネサンスからバロック時代の音楽の演奏に携わってきましたが、とりわけルネサンス時代の作品には楽譜があるのにもかかわらず、まったく演奏されていないものがたくさんあると気づきました。それはいい音楽であるにもかかわらずです。また、私は以前から大人数のグループによる演奏よりも、小さなグループで自分の考える演奏活動を実践してみたいという思いがあり、世俗音楽や宗教音楽に絞らずにルネサンスのポリフォニー音楽をやろうと思ったところから「ベアータ・ムジカ・トキエンシス」の活動が始まりました。結成は2013年のことです。それから演奏曲の提案や演奏法の時代考証を担当する研究者にもメンバーに入ってもらいたいと思って、斉藤基史さんにも仲間になっていただきました。

――ラッソの《マタイ受難曲》は、あまり演奏されない珍しい選曲だと聞きましたが、今回、あえて取り上げた理由は?

斉藤 私はラッソの研究を専門としていますから、ラッソの生涯をたどりながら、初期の作品、中期の作品……という形で順を追っての演奏を考えています。今回はラッソの1570年代の作品を取り上げる段階にきていまして、しかも演奏会が2019年の3月ということがあらかじめ決まっていましたので、四旬節あたりの時期ですから受難曲がいいのではないかと提案しました。

長谷部 確かに提案を受けましたが、正直、ラッソの受難曲は、彼の作品の中でも特殊な部類に入りますし、彼のほかの作品と演奏の仕方も勝手が違います。ですから、実は一度、ボツにした候補曲でした。ですが、よくよく考えますとメンバーの及川は福音史家を歌える、そして小笠原はイエスを歌える――こうした好条件がそろっているのに「演奏をしないという手はないのではないか?」という考えに、徐々に変わってきたんです。それで、メンバーのみんなで検討するために《マタイ受難曲》を試しに歌ってみました。すると、みな「やってみたい」という気持ちが強くなったんです。それなら「挑戦してみよう」ということで、今回の演奏会となりました。

――日本初演ですか?

長谷部 演奏機会の少ない作品であることは確かですが、今回が日本初演というわけではありません。1984年3月に淡野弓子先生率いる「ハインリヒ・シュッツ合唱団・東京」が、すでに演奏を行っているそうです。私たちが今回、ラッソの《マタイ受難曲》を演奏することをお知りになった淡野先生から及川に励ましのメッセージを頂戴しました。

――今回、及川さんは福音史家を担当されています。この作品では福音史家のパートが、かなり大きなウェイトを占めていると思いますが、演奏の際にどのようなことに目標を置いていますか?

及川 ラッソの《マタイ受難曲》の歌詞はラテン語ですが、まずは言葉をできる限りきちんと理解すること。それから正しく伝わるように、正しく聴こえるように「語る」ことですね。福音史家は、正しく言葉を発音することがすべての出発点だと思っていますので、私の場合、言葉の発音、そしてフレーズの語りをしっかりと体の中に入れることを第一段階の作業として作品に取り組んでいます。確かに歌詞は、私にとって外国語なのですが、それをまるで「母国語のように語る」ことを目指しています。

3月4日の演奏会の様子(豊洲シビックセンターホール)

――ラッソの《マタイ受難曲》の聴きどころは?

斉藤 聴きどころは何といっても、福音史家の及川さんとイエスの小笠原さんの語りの音楽ですね。まるで「絵が見える」ようなのです。ただ単に語っているだけじゃない。語りのスピードとか、「間」とか、緩急を繊細につけて、すごく工夫をされて歌っています。その二人が描く物語の場面に、飛び込んでくるかのようにポリフォニーの合唱曲が入ってきます。ですから「絵が見えるよう」なダイナミックな演奏を、ぜひお楽しみいただきたいと思います。

長谷部 ラッソは16世紀の作曲家です。そして一般的によく知られている《マタイ受難曲》といえば18世紀のバッハの作品です。同じ《マタイ受難曲》ですが、両者の音楽の本質は、かなり違います。そうした時代によるスタイルの違いを味わっていただきたいと思います。また、曲中のポリフォニーの合唱曲は短いので、ともすれば全部同じような演奏になりがちです。ですが、それをどう描き分けるか、私たちはそこにこだわって演奏していますので、ぜひそのあたりをお聴きいただけたらと思います。

――ありがとうございました。

(聞き手 加藤拓未=音楽学)

 「ベアータ・ムジカ・トキエンシス」は、望月万里亜(ソプラノ)、鏑木綾(ソプラノ)、長谷部千晶(ソプラノ)、及川豊(テノール/福音史家)、鏡貴之(テノール)、小笠原美敬(バス/イエス)、斉藤基史(企画アドバイザー)。ルネサンス時代の美しい受難曲を聴くことができる貴重な機会になりそうだ。

【公演情報】
日時:3月9日(土)午後2時(午後1時半開場)*1時45分から斉藤基史氏によるプレトーク有
場所:大森福興教会(住所:大田区山王2-12-10)
費用:一般4,000円(全席自由)、ペア7,500円、学生2,000円(要学生証)
お問合せ:Tel 042-455-1997(トキエンシス、平日のみ)
E-mail beatamusicatoki[アットマーク]gmail.com(トキエンシス)
チケット取扱い:東京古典楽器センター Tel 03-3952-5515
主催:ベアータ・ムジカ・トキエンシス(公式サイトhttp://beatamusicatoki.wixsite.com/beatamusicatokiensis

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