【3.11後に「語るべき」言葉】 ③イエスの受難から読み解く地震のメッセージ 平山正実(聖学院大学大学院教授=当時) Ministry2011年夏・10号

 未曾有の大震災から4ヶ月。今、いま、そして、これからの行く末について、私たちキリスト者が「語るべき」言葉は何か。被災地外から、模索を続けるキリスト者たちの発言を集めた。

イエスの受難から読み解く地震のメッセージ

平山正実(聖学院大学大学院教授)

 聖書において地震は、終末論的視座に立った黙示文学的象徴の一つとして描かれていることが多い。その中でも、イエスの受難と地震との関係について記載されているマタイによる福音書(27・51、28・2)が有名である。そのメッセージの内容を分析すると、大別して三つに分けられるように思う。

 第一に、地震は神の力強い裁きの象徴として描かれている。つまり、それは人間の罪を折出させる働きとしている。今回の大地震が起こる以前、人々は自然を支配できると思い上がり、科学技術に対する安全神話を妄信してきた。また、利潤と効率と欲望を主体とした生活パターンに染まっていた。こうした人間の罪を贖うため、イエスが十字架上で死んだとき、地震が起き(マタイ27・51)、昼であるにもかかわらず真っ暗になった。同時に、大祭司のみが大贖罪日に入ることが許される至聖所と聖所の垂れ幕(レビ記16・2)が真っ二つに裂けた。

 このことは、闇の中で神と人との間をさえぎっていた隔壁が取り除かれたことを意味する。つまり、人間の側が暗黒を象徴する従来の自己中心的生き方、価値観を悔い改めること、すなわち転換させることによって、事態を乗り越える可能性が生まれたことを示唆している。

 第二に、地震を契機に神殿の幕が裂けたということは、人と人との間にある国籍、民族、性、病の有無、年齢などの隔壁が取り去られたことを意味する。人間間の差別と偏見は愛の絆によって取って代わられる。イエスの十字架による受難(自分の肉を割くこと=ヘブライ10・20)を伴う愛は、人類の先駆的生き方(同6・20)、あるいは人生の指針(安定した錨=同6・19)となるのであって、それはわれわれがより新しい生き方をするための手本、あるいは模範となる。

 今回の大震災において、日本国内のみならず世界の約130カ国の人々が震災被害者を援助するために来日したり、物資を送り届けたりしてくれた。その中には、2004年インド洋沖の地震、大津波で大きな被害を受けたインドネシアの子どもたちや、日本の刑務所に服役中の犯罪者たちからの義援金も含まれる。このような危機の中で、彼らが行った愛の行為のうちに、神が与えられた霊性の覚醒を見る。

 第三に、地震が、イエスと聖徒たちの復活、蘇生(マタイ27・52)と深く関わっていることである。彼が十字架上で死に、墓に葬られた後、女たちがその墓を見に行ったとき、地震が起き(マタイ28・2)、主の天使が、イエスの復活を知らせた(マタイ28・6)。われわれがこの復活したイエスにつながることによって、たとえ今、どんなに辛い試練を受けていても、新しく生まれ変わること、つまり創造する者(Ⅱコリント5・17)となる希望を持つことができるのである。(ひらやま・まさみ

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