【3.11後に「語るべき」言葉】 ①非日常と、日常と 上林順一(日本基督教団松山教会牧師=当時) Ministry2011年夏・10号

 未曾有の大震災から4ヶ月。今、いま、そして、これからの行く末について、私たちキリスト者が「語るべき」言葉は何か。被災地外から、模索を続けるキリスト者たちの発言を集めた。

非日常と、日常と

上林順一(日本基督教団松山教会牧師=当時)

 「おはようございます」と、いつものように語り始めたものの、次の瞬間「なんと、空疎な言葉!」と、しばらく次の言葉が出てきませんでした。東日本に大地震と大津波が起こった3月11日から2日後の3月13日の日曜日の朝のことです。

 その日もいつもの時間に礼拝が始まり、いつものように聖書が読まれ、いつものように説教が語られるはずでした。しかし、いつもの「おはようございます」の後に言葉が続かなかったのです。いや、実際は何とか言葉は語り続けられたのですが、しかしそれは木霊のように虚ろなものでしかありませんでした。

 3月11日午後2時46分、その瞬間から間断なく流れてくる被災地の映像に目は釘付けとなり、惚けてしまったように声も出ず、被災地の知り合いの安否を問うことも思い至らず、ただただ茫然として時間だけが過ぎていました。日曜日を前にして、いつものように聖書を開く余裕も、説教を準備する気力も起こらず、胸の内を長田弘の詩の一節が駆け巡っていました。

 「悲しみは、言葉をうつくしくしない。悲しいときは、黙って、悲しむ。言葉にならないものが、いつも胸にある。嘆きが言葉に意味をもたらすことはない。純粋さは言葉を信じがたいものにする。激情はけっして言葉を正しくしない。恨みつらみは言葉をだめにしてしまう。ひとが誤るのは、いつでも言葉を過信してだ。きれいな言葉は嘘をつく。この世を醜くするのは、不実な言葉だ。誰でも、何でもいうことができる。だから、何をいいうるか、ではない。何をいいえないか、だ」

 いま不実な言葉を語るより、いま激情に駆られた言葉を語るより、いま恨みつらみを口にするより、「何をいいうるか」ではなく、「何をいいえないか」を銘記すべきではないか、そうした思いが言葉を生みださなかったのです。しかし口を衝いて出たのは、いつもと同じ「おはようございます」。いっそのこと無言のまま説教壇の上に立ちつくしていた方が、まだしも真実の言葉であったろうに、と悔み続けました。

 そんな萎えた心に届いた言葉がありました。「文学の役割は何だろう。『阿鼻叫喚をそのまま書くのではない。文学は生きていく人が生きていくために必要なものとして書かれるものだ。だから、文学の言葉は日常に根ざすしかない。非日常に日常を見る。悲惨な状況の中でも人間は生きている。日常を持ちながら生きている。日常を回復する試みが文学だ』」。仙台在住の作家・佐伯一麦さんが「非日常に日常を見る」と題して日経新聞に書いているものです。

 説教を文学と同一に並べることはできないとしても、あの大災害による被災地と被災者の悲惨さが現わしている非日常と、一方日常の中に留まり続けている者との間の距離の遠さに、なすすべもなく立ちつくすしかない者にとって、日常を回復する試みをどこに見出せばよいのか、いまも自らを問い続けています。

 ただ、4月24日のイースターの礼拝において示されたことがありました。空虚な墓の前で「あの方は死者の中から復活された」という、非日常の出来事を聞いた婦人たちの前にイエスが立ち、彼女たちに「おはよう」(新共同訳)と呼びかけられたことです。あまりにも日常的な言葉が復活のイエスの最初の言葉だったのです。それはまた、ティベリアス湖畔で弟子たちに現れたイエスが、「さあ、来て、朝の食事をしなさい」と語られたこととつながっていくものでしょう。何事もなかったかのように「おはようと」と語りかけ、「来て、朝の食事をしなさい」と命じるイエスの復活は、まさに日常の真っただ中で起こることを告げているのでしょう。

 生きていこうとする者に対して語られるべき言葉は、想像を絶する非日常を直視しつつも、「おはよう」で始まるこの日常に根ざすしかない、といまは思い至っているのです。(かんばやし・じゅんいちろう


*日本基督教団江古田教会牧師(2019年3月現在)

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