【映画評】 『芳華-Youth-』 損なわれないもの、音色、傷痕 2019年4月21日

 1970年代の軍歌劇団「文工団」に属する若者たちの瑞々しい日々に始まり、文革と中越戦争をへて現代までを描く秀作『芳華(ほうか)‒Youth‒』が公開される。本作の語り手は、人民解放軍「文芸工作団(文工団)」所属のダンサーだ。後に従軍記者となった彼女の眼に映る、誠実な選択を重ねつつも落伍の道を歩む青年や、心を病んでしまう少女の軌跡。時代に呑みこまれつつ目前の一事に専心する各々の軌跡はどこまでも切なく眩しい。

 本編ではまず各地から集められた、歌舞に秀でた兵士たちの集団生活が描かれる。そこでは革命の理想が崇高な理念としては尊ばれるものの、団員たちは若者らしい情熱に身を焦がし、時にいじめへ及び、性に戸惑う。共産党により発禁措置がとられたテレサ・テンの曲を入手し仲間内で隠れて聴き、その新しい音色に心酔する場面などは青きら春の煌めきを放つ名シーンだが、実際に当時よくあったことらしい。

 そして映画は中盤、毛沢東の死から大きく転回し、文工団解散後の各人の道行きへと焦点が移る。殊に、映画に限らず過去の中国においてタブー視されてきた中越戦争の戦場描写は殊に圧巻だ。とりわけワンテイク6分の戦闘シーンは、『ダンケルク』や『フューリー』といった昨今の欧米系戦争映画の先進表現に十分匹敵してもいる。

 さて、今日の中国におけるキリスト教弾圧は、文革期以降、最も熾烈な水準に達して久しい。聖職者や信徒の拘束もたびたび伝えられる一方、ムスリムへの締めつけはこれを上回るとも言われる。しかし国際的な批判を浴びても強い弾圧に出ている事実は、当局の統制にとり宗教の存在がそれほどに脅威だという証でもある。ではこの統制により損なわれるもの、あるいは損なわれないものとは何か。映画を観ながら最も考えさせられたのはそのことだった。この意味で、文工団を離れた後、主人公の1人が片腕を失い、1人が精神を病む(心の統合を失調する)展開は象徴的だ。その一方終盤では、この2人だけが失わずに保つものも確かに描かれている。

 多くの知識人や宗教者へ刃を向け、文化伝承の回路を根こそぎにした文化大革命の真っ只中、人民解放軍の内部にあって受け継がれる芸術文化の命脈を描く点で、本作は実際とても興味深い。例えば舞踊シーンは本作の大きな見所だが、オーケストラ演奏を伴うダンスは長期にわたる洗練の痕跡をうかがわせる、バレエと京劇の振付を高度に統一させたものだ。登場する演目の一つ『白毛女』を発展させた人物として胡蓉蓉らが知られるが、そのルーツをたどれば迫害や帝政ロシア崩壊により上海の英仏租界へ流入したユダヤ人やロシア人へと至る。

 現在の北朝鮮がそうであるように共産党下の中国は90年代まで、西側諸国から実態のほとんど見えない国だった。しかしそこで抑えつけられながらも、しぶとく生き残ってきたもののありかを本作はその終盤で、資本に一元化される現代社会の平板さを下地によく映し出している。種明かしはせずにおくが、共に世界各国で称賛を受け現代中国を代表する表現者となった監督フォン・シャオガンと原作著者ゲリン・ヤンの2人は、本作によりそのありかを明確に証言する。この2人にはそれができる。なぜならこの2人こそ、文工団の出身だからだ。(ライター 藤本徹)

 4月12日、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMA ほか全国順次公開。

参考文献:井口淳子『亡命者たちの上海楽壇: 租界の音楽とバレエ』(音楽之友社)

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