パリのノートルダム大聖堂 大規模火災で尖塔が崩壊 2019年4月17日

 「パリのノートルダム大聖堂」(カトリック教会パリ大司教座聖堂)でイースター(復活祭)を
控える「聖週間」の4月15日夕、大規模な火災が発生、尖塔が崩壊した。

 地元AFP通信などは、火災が発生したのは、一般公開の時間が終わったすぐ後で、炎と大量の煙が立ち上る光景を、パリ市民や観光客らは戦慄の表情を浮かべて見守った、と報じた。大聖堂の広報担当者はAFP通信に、火災は15日午後6時50分(現地時間)ごろ発生し、炎により屋根を支えていた木製構造物が破壊されていると語った。消防当局は、火災が当日行われていた修復作業と「関連している可能性」があると見ている。

 パリ市のエマニュエル・グレゴワール副市長はテレビ局BFMTVに、尖塔は「内側に崩れ落ちた」と説明、「甚大な損傷」を受けたとし、救援隊員らが「救い出せるすべての芸術作品を救う」ために奔走していると述べた。

 アンヌ・イダルゴ市長はツイッターで、「恐ろしい火災」と述べ、「パリ消防当局が鎮火を試みている」と投稿した。エマニュエル・マクロン仏大統領は、同日夜に予定していた国民へ向けた政策関連のテレビ演説を中止、現場に駆けつけ、「すべてのカトリック教徒とすべてのフランス国民と共に、自分たちの一部が燃えているこの光景を悲しんでいる」と述べた。

 大聖堂は、12世紀半ばに建設が始まり1330年ごろに完成、フランスのカトリック教会の中心的な地位にあった。しかし、フランス革命中には、反キリスト教運動によって、破壊と略奪が繰り返され荒廃した。その後、帝政を宣言したナポレオン・ボナパルトの戴冠式が1804年に行われたのも、この大聖堂だった。ヴィクトル・ユーゴーの名作『ノートルダム・ド・パリ』の出版をきっかけに、国民的な修復運動が広がり、1846年に全体の修復が完了した。1991年に大聖堂を含む周辺の文化遺産とともにユネスコの世界遺産に登録された。2015年にはパリ同時多発テロ事件の追悼ミサが開かれた。

 火災を受けて日本カトリック司教協議会(髙見三明会長=カトリック長崎大司教)は翌17日、声明を発表。「今後徹底した原因究明と修復が一刻も早く実現することを願い、またそのために聖母マリアの取り次ぎによって神に祈りつつ、可能な限り支援をして参りたい」との意思を示した。全文は以下の通り。


 4月16日早朝、カトリック・パリ大司教区の司教座聖堂である、ノートルダム大聖堂の火災のニュースに大きな衝撃を受けました。

 日本のカトリック教会を代表して、パリ大司教区とフランスのカトリック教会、ならびにフランス国民の皆様にこころからお見舞いを申し上げます。

 この大聖堂は、2013年に着工850周年を迎えた長い歴史とその芸術的価値(ステンドグラスやオルガンなど)ゆえに世界文化遺産となっている(1991年)だけでなく、何よりもフランスのカトリック教会を代表する重要な教会堂です。

 パリでは2015年11月13日テロにより多数の死傷者が出たり、最近ではノートルダム大聖堂がテロの標的になっているとの情報が流されたり、大統領に対する抗議デモが激化したりしました。このような事態に鑑みてあらためて世界情勢の問題の大きさと複雑さと深刻さを考えざるを得ません。

 この大聖堂と日本との関係を物語るさまざまな歴史があると思いますが、駐日フランス大使も務めた(1921~27)ポール・クローデル(1868~1955)が突如カトリック信仰への回心の恵みを受けた(1886年)のが、この大聖堂内の聖母マリア像の近くだったと言われます。その真上あたりが激しく燃えている映像に深い悲しみを覚えました。

 日本の教会としても、今後徹底した原因究明と修復が一刻も早く実現することを願い、またそのために聖母マリアの取り次ぎによって神に祈りつつ、可能な限り支援をして参りたいと思います。

2019年4月16日
日本カトリック司教協議会会長
カトリック長崎大司教 髙見 三明

写真=火災を報じるフランスのカトリック司教協議会サイト

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