【東アジアのリアル】 激変する社会と教会の難題 遠山 潔 2019年4月21日

 監視カメラが著増した。気付かないうちに街中至るところに設置された感じがする。何をここまで監視する必要があるのかと考えてしまうほどの数には誰もが驚愕するだろう。巷の噂では人工知能(AI)を使って顔認証を行っているとか。しかも、その精度は我々の想像を絶するようだ。委細は分からない。だが、確実にこの社会は監視社会と化している。

 その監視というものが昨今、家庭教会に向けられている。家庭教会一つひとつの存在はもちろん、そこを牧する一人ひとりの連絡先まで掌握されているとも聞く。信憑性は分からない。だが、どうしたらそのような情報統制が可能となるのか。改めて驚嘆する。しかし、現況は我々の認識をはるかに超えたものであるのだろう。公認教会ではすでに礼拝堂内などに監視カメラが設置されているようだが、家庭教会にとっては今後も苛烈な闘いが続くことになるのかもしれない。

 社会が変遷すればするほど、その影響が教会にも及ぶような気がする。いわゆる「ファーストフード文化」と呼称される瞬時に物事が解決される社会と文化、そしてそのような生活様式に慣れ親しんでしまっている者にとって、待たされるということは苦痛でしかない。「今」のこの私の必要が瞬時に満たされないことほど辛苦なことはないだろう。

 中国ではスマホがないと生きていけないという人が急増している。今では教会の礼拝での献金もQRコードをかざして、電子マネーで捧げるとか。このスマホ普及時代において、利便性が追求される中で、「忍耐」するという言葉はもはや過去の美徳となっているのかもしれない。何でも注文をすれば即時に届けられる。そのような時代の趨勢は教会での礼拝にも多大な影響を与えかねない。最近は礼拝時間が徐々に短縮されているとよく耳にする。説教はすでに15分を超えてしまっては聴衆の集中力がもたないとか。

 家庭教会は柔軟性と適応性に富んでいると言われる。信徒の必要があればその必要に適応させて礼拝の形態や時間を変える。香港では最近、教会からの若者離れが深刻化する中、フローチャーチ(流堂:集会場所を毎回変えて集まる教会)やサイバー教会(インターネット上で礼拝を捧げる形態の教会)などが急増しているという。中国大陸では以前から家庭教会がそのように柔軟な対応を行ってきた。ところで、今の「ファーストフード文化」への対応は今後いかなるものになるのか、我々も見守りつつ時には学ぶ必要があるのではないかと思う。

 我々が直面している難題。それは決して変わることのない神のみ言葉を、急激に変遷するこの社会にどのように伝えるかということなのかもしれない。その方途を見出すことができるか否かによって、教会の前途が左右される可能性もある。監視という外的な制圧だけでなく、文化という内的要素にも配意しなくてはならないことが中国の教会の眼前にある喫緊の課題のように感じる。

遠山 潔
 とおやま・きよし 1974年千葉生まれ。中国での教会の発展と変遷に興味を持ち、約20年が経過。この間、さまざまな形で中国大陸事情についての研究に携わる。国内外で神学及び中国哲学を学び修士号を取得。現在博士課程在籍中。関心は主に中国の教会事情及び教会の神学発展についての諸問題。趣味は三国志を読むこと。

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