映画『リアム16歳、はじめての学校』 母なる宇宙と16歳の冒険誌 2019年4月27日

 ホームスクール(自宅教育)で育った少年が、16歳で初めて体験する学校生活を描くカナダ映画『リアム16歳、はじめての学校』が、4月27日より公開となる。

 自ら全科目の教師となり主人公リアムを育てるのは、ややエキセントリックなシングルマザーのクレアだ。クレアの息子リアムに対する過剰な思い入れはしかし、リアムが学校に通ってみたいという思いを抱くことで揺れ始める。本作は、北米で独自進化を遂げたホームスクールという教育文化を背景として、少年の奮起により母親もまた成長する姿をユーモラスに描く学園物/ホームコメディだ。公開にあわせ来日したカイル・ライドアウト監督へインタビューを行った。

――北米では社会的な認知度も高いホームスクールですが、日本をはじめ学校での義務教育を前提とする国々ではあまり知られていません。そうした国や地域での映画上映について難しさを感じることはありますか?

 はい。これはこれでとてもチャレンジングな経験です。先に映画公開となったドイツでも、同様の困難がありました。ホームスクールは、ドイツでは違法行為となります。ですからホームスクールに関するリサーチの必要性をむしろそこで感じました。あらかじめ映画上映にあわせホームスクールについてのティーチインなどがあっても良いですね。ホームスクールに関するスクールが設けられれば最高なのですが(笑)。

――本作は、16歳の少年リアムの目に映るとても身近な現実を主題としつつも、映画の冒頭部が宇宙発生の場面から始まるなどします。これはリアムがホーキングばりの天文学者を目指しているという設定から導かれたCG映像ですが、作品内にはこうしたリアムの想像を再現する映像がしばしば挿入されるほか、色彩の面でも全編にわたってファンタジックな演出が印象的でした。

 ありがとうございます。色遣いに関しては仰るとおりで、ピンクやブルーなどの発色にこだわりました。特にターコイズ色のロッカーがある学校を探すのはたいへんでしたね。また視覚的なトーンを統一するため、50ページくらいのヴィジュアルに関する小冊子を作成し、撮影監督や美術・衣装スタッフ間と色調の共有を図りました。

 銀河宇宙の場面を挿入した点については、宇宙の何十億年という時間の海では水滴一粒に過ぎないような人の一生の中で、目前の一事にこだわる人間の小ささという対比を活かすため用いました。

――ライドアウト監督による2010年制作の短編”Hop the Twig”は、ある幼女の生育過程における不思議な体験を描いています。また植木鉢の木の成長が寓話的なモチーフとして登場する点は、2011年の短編”Wait for Rain”にも共通し、《成長》のテーマは本作における息子と母の成長する姿にもダブります。
 一方、2015年発表のデビュー長編”Eadweard”では、写真・映画史上の重要人物エドワード・マイブリッジを伝記的に描きますが、映像の色味や質感にこだわる点で”Hop the Twig”から今回の新作まで通底するものを感じます。『リアム16歳、はじめての学校』は、監督のキャリアの中でどのような位置を占める作品だと考えますか?

 そうですね。まず同じようなものを繰り返したいとは思っていないので、前回とは違うことを毎度試すように心がけています。”Hop the Twig”は歴史物で古く頑迷な時代状況を背景としましたし、”Wait for Rain”は現代のオフィスを舞台としながら調子外れの不思議な作品となりました。そして今回はユーモアに満ちて心が温まるような作品を目指しました。

 また前作”Eadweard”でもチームを組んだ、共同プロデューサーであり共同脚本のジョシュ・エプスタインとは、演劇と映画を勉強していた学生時代以来の付き合いなんですね。実を言うと舞台作品の”Eadweard”で役者として彼と共演中に「これ映画にしたら面白いよね」と話し合ったことが前作撮影のきっかけとなりました。そして次は自分たちで一から映画をつくろうと考えたのが『リアム16歳、はじめての学校』の始まりでした。すでに長編3作目以降の共同制作プランも、幾つかを同時並行で動かしているところです。

――カナダやアメリカにおけるホームスクールという教育文化は、公立学校の教育では満足できない親の理想が、北米近代史に固有の自主独立を尊ぶ保守的風土や、キリスト教福音主義の浸透と結びつき独自の発展を遂げました。またシングルマザーであるクレアの個性的な人物造形からは、高い理想を掲げつつ反戦/学生運動を戦ったカウンターカルチャーの残り香を強く感じます。こうした時代と地域の特殊性を、例えば近年のクリント・イーストウッド監督作などは鮮明に打ち出しています。ライドアウト監督は、自作をそのように社会的な枠組みで捉えられることについてどのように考えますか?

 『リアム16歳、はじめての学校』は、ホームスクールをめぐるドキュメンタリーではないため政治的意図も特になく、トランプ的な社会の右傾化などを格別意識したわけでもありません。むしろ母が息子と親友のような関係を求め、スラングやアルコールからセックスやドラッグまで教えるコメディはきっと面白くなるぞという思いつきから、ホームスクールという場を設定したという方が正確ですね。

 ただクリント・イーストウッドについては、私自身もまず役者としてスタートしていますし、俳優業と監督業とを明確に切り分けつつ同じ次元で捉える映画製作のスタンスは、とても参考になっています。

――監督の今後の展開についてお聞かせください。

 次作以降については同時並行でいくつかのプロジェクトが進行中という話をしましたが、監督業というのは予見不能なことばかりで、現場でしか学べないことが本当に多いのです。ですから3作目で何が起きるかまったく予測できていません。でも何であれこなしていきたいです。俳優業もこの点は同じですね。一つのプロジェクトから別のプロジェクトに移るのはとてもたいへんですが、とてもチャレンジングだしやり甲斐を感じています。

――ありがとうございました。


 カイル・ライドアウト監督はインタビュー中、ジェスチャーやジョークを交えつつとても気さくに話し続けてくれた。

 『リアム16歳、はじめての学校』は、単体で観ればとても軽快でハートフルなコメディとして楽しめる作品だ。しかし寓話性を強く活かしたライドアウト監督のフィルモグラフィーに照らしてみると、彼自身の軽快な振る舞いも含めた全体が、ある特異な寓話的表現性に満ち満ちているようにも映る。

 筆者相手に限らず、メディア取材全般に対してカイル・ライドアウト監督は一貫して次作の軽さを強調し、そこにあり得る政治的意図やメッセージ性などは否認する。しかし、例えばホームスクールで育つ子どもがどこかしら社会から遊離した「変人」にならざるを得ない宿命を負うことについて、本作では主人公リアムよりむしろ、母クレアの親友である東洋人女性が同じく自宅教育を施す娘の言動により表現される。監督の自覚無自覚とは無縁の事実としてこの母娘には有色人種が配当され、さらに母である東洋人女性に扮するグレース・パクの出演作として最も周知度の高い作品が、『GALACTICA/ギャラクティカ』シリーズであることは一層象徴的だ。故郷を喪失した宇宙空母ギャラクティカは、銀河宇宙をさまよい続ける。

 『リアム16歳、はじめての学校』で母クレアに扮する女優ジュディ・グリアは、マーベル・コミック映画『アントマン』『アントマン&ワスプ』でも、主人公との間に娘をもつ母親役を演じている。実を言えばカイル・ライドアウト監督自身もまた、マーベル・コミック映画におけるアンチ・ヒーロー物の異色作『デッドプール』に出演している。キャプテン・アメリカやスーパーマンなど、ハリウッド大作に冠たるコミックヒーローたちの出自が、ネイティブアメリカンや黒人・ヒスパニックへの優生学的人種差別と暴力の隠蔽の上に成り立ってきたことは、映画批評などの文脈ではよく言われるところだ。

 そして寓話性の高い作品を考える際には、その作り手自身への寓話的=アナロジカルな読みがしばしば有効となる。アメリカでハリウッド大作に出演し、国境を隔てたカナダで監督作を撮り続けるカイル・ライドアウトの身振りそのものに看取される表現性とはそのような方向性において言っているし、ここにおいては監督のメディアに対する重さの否認までもがフロイト的に意味をもつ。

 逆にいえば、優生学とは障碍の「フィクション」だったのだといえる。目に見えない遺伝子がもたらす障碍を視覚化することを通して、正常性に関する言説を作り上げようとしたのである。
 障碍とは「隠喩の物質性(materiarity of metaphor)」を持つものであった。障碍は、正常性を生み出し、これに価値を与えるための筋書きを生み出すという目的に使われたのである。それは「物語の補綴(narative prosthesis)」であり、「物語の筋が表現の力、破壊的潜在力、分析的洞察を得るためによりかかる松葉杖」だったのである。(遠藤徹『スーパーマンの誕生: KKK・自警主義・優生学』新評論社)

 『リアム16歳、はじめての学校』の主人公リアムが、生まれて初めて登校した日にひと目惚れした少女は、片足を欠いている。リアムの人生を一変させる少女が本作に初めて登場するとき、クローズアップしたカメラはまず彼女の義足から舐めるように映し出す。本作の表面上の軽さの底にのぞく深淵を筆者が見とめたのは例えばこの場面であり、監督カイル・ライドアウトの特質はこうして偏在する一瞬一瞬にこそ宿る。

(ライター 藤本徹/撮影 鈴木ヨシアキ)

公式サイト:https://liam-hajimete.espace-sarou.com/
配給:エスパース・サロウ
4月27日(土)、新宿シネマカリテ他全国順次公開。

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