【伝道宣隊キョウカイジャー+α】 「自殺」に開かれた教会へ キョウカイバイオレット 2019年5月21日

 2018年の日本の年間自殺者は2万598人だった。自殺の影響を強く受ける人が少なくとも1件につき6人はいると考えられているので、12万人以上がその影響を受けた計算になる。また自殺「既遂」者の背後に、10倍いると推測される「未遂」者はざっと20万人以上。それだけの人々が毎年、何らかの形で自殺に関わっている。しかもその数は毎年累積され、増えていく。あまり話題にされないかもしれないが、自殺は私たちの身近なところにある。他人ごとではない。

 私の中学時代の後輩も自殺した。同じバスケットボール部だった。無口で控えめな子だったが、ある時期から急に痩せ始め、学校を休みがちになった。久し振りに部活に参加した彼女は、びっくりするくらい痩せてガリガリになっていた。こぼれ球を彼女が拾ってくれて、私が受け取った。そのとき何か言おうと思ったが、結局言わなかった。

 間もなく、彼女は自宅で自殺した。どうやって死んだか聞かされていない。拒食症を患っていたという。さほど親しい間柄ではなかったけれど、私は胸にポッカリ穴が空いたようだった。あのボールを受け取った時、何か言うべきでなかったか。子ども心に後悔した。今でも時々思い出す。私でさえそうなのだから、もっと身近な人たちの心痛はいかほどだったか。

 自殺を考える人たちのケアはもちろん、遺された人たちのケア(悲嘆ケア・グリーフケア)も重要だ。彼らは悲嘆に暮れ、あるいは怒り、あるいは自分を責めている。「なぜ止めることができなかったのか」「なぜ気付かなかったのか」といつまでも後悔している。そして自責の念が自罰感情に発展すると、彼ら自身も自殺を考えるようになってしまう。自殺の連鎖だ。それを防ぐためにも、グリーフケアはなくてはならない。

 さてキリスト教は、あるいは教会は、どれだけグリーフケアに開かれているだろうか。自殺者の葬儀司式をしたことが「ない」という牧師は多いそうだ。遺族が葬儀自体を望まないケースが多いのもその一因だろう。しかしキリスト教には依然「自殺は罪」という考え方が根強くあり、自殺者の葬儀を忌避する向きもあると聞く。であるならグリーフケアなど到底できないだろう。むしろさらに遺族を傷つけかねない。家族の自殺をきっかけに、教会を離れた人もいる。自殺の事実を隠し、悲嘆を抑圧してしまう遺族も多い。しかし抑圧することで心の傷はさらに深まる。トラウマとなり、PTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症するケースもある。

 自殺者や自殺者遺族は神に愛されていないのだろうか。いや、愛されている。であるなら教会は自殺についてもっと学び、もっとオープンになるべきだ。「自殺は罪」などと断罪するのでなく、また遺族が来るのを待つのでなく、みずから手を差し伸べるべきだ。率先して彼らの「居場所」となるべきだ。同じような遺族が集まって語り合える場を提供するのも有効だろう。「救い」とは聖書に書かれた福音だけでなく、そうした一つひとつの具体的なケアにある、と私は考える。

 4月から始まった新生活に失望し、意気消沈し、生きる気力を失ってしまう人が、あなたの周りに、あるいは教会にいないだろうか。もし気になる人がいるのなら、勇気をもって声をかけてみてほしい。そのわずかな勇気が、誰かの「救い」になるかもしれない。そして、生涯悲嘆に苦しむ遺族を減らすことにつながるかもしれない。

キョウカイバイオレット
 紫乃森ゲール(しのもり・げーる) 医療現場で傷つき病める人々を支え、代弁者として立つ看護系はぐれキリスト者。あらゆる差別、無理解、誤解と日々戦う。冷静と情熱の中間くらい。ツンデレ。武器:痛くない注射/必殺技:ナイチンゲール型四の字固め/弱点:パクチー

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