第2回 福島宣教ネットワーク会議 放射能汚染に向き合う教会 原発事故、支援・宣教における連携を模索 2019年6月1日

 「宣教や支援の働きの報告と分かち合い」「互いのために祈り合う」「教派を越えた地域教会間の交流の活性化と宣教協力の推進をはかる」ことを目的に、昨年9月に発足した福島宣教ネットワーク会議(三箇義生=さんが・よしお、住吉英治共同代表)の第2回となる集いが5月28日、福島県郡山市のビッグパレット福島で開催され、住吉氏(日本同盟基督教団勿来キリスト福音教会牧師)のほか、朝岡勝氏(日本同盟基督教団徳丸町キリスト教会牧師)、松谷信司氏(本紙編集長)がそれぞれ、「共に生きる――支援活動を通して見えてきた宣教の課題」「支援から宣教へ」「震災で宗教者の何が問われたのか」との題で発言した。県内外から被災支援に取り組む牧師や信徒、宣教師を含め約20人が参加。東日本大震災から8年を経て、今なお原発事故、放射能汚染という固有の課題を抱える福島の地で、教会が連携して支援と宣教に取り組む筋道を模索した。

〝風化と忘却に抗う〟被災は今も…
広がる温度差 関心持ち続ける難しさも

 福島宣教ネットワーク会議共同代表の三箇氏(日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団郡山グレースガーデンチャペル牧師)による礼拝メッセージに続いて登壇した朝岡氏は、2012年から6年間、「ふくしまHOPEプロジェクト」で県内在住の親子を対象とする保養プログラムに関わった経験も踏まえ、「支援」と「宣教」という二つのワードをどう結ぶかが震災以来、考えさせられてきた問いでもあると述べた。

 「ミッシオ・デイ」の宣教論に立って両者を「並列、等価」とするのか、「個々人の魂の救済こそが宣教である」と狭義の「伝道」を優先する宣教論から「直列、序列」と捉えるのか。その狭間で、実際に「その支援活動は宣教に資するのか」「いつまで支援を続けるのか」との問いを幾度も受けてきたと打ち明けつつ、地域に仕えるディアコニアの教会としてさまざまな専門家が伝道者とチームを組み「伝道か支援活動か」という二元論を克服していく道筋の可能性について示唆した。

 その上で、「答えを急がず、思考を止めず、手足を動かし続けるキリストの身体のあり方を問い続けていきたい」と結んだ。

 続いて松谷氏は、福島県に生まれ育ち、キリスト教メディアに身を置きながら抱いてきた「違和感」について言及し、2011年の震災直後、牧師や神学者、キリスト教メディアによって「語るべき言葉」が語られ、「伝えるべき言葉」が伝えられたかと自問。「心の時代」の到来を歓迎し、「宗教の有用性」のみを説き、甚大な被害をもたらした人災や構造的な悪に対して持つべき怒りを持てずに来たのではないかと指摘した。

 また、8年を経た今も残された課題として、「教会外との日常的な協同の可能性」「道徳教科化に通じる危うさに対する警戒」「教会内でも忌憚なく議論できる雰囲気の醸成」「風化させない伝え方、忘却への抗い方の模索」などを挙げ、朝岡氏と同様、「支援」か「伝道」か、「社会」か「教会」かという二者択一的思考を回避する必要性を訴えた。

 最後に登壇した住吉氏は、これまで仮設住宅や福祉施設で取り組んだ支援活動、福島の現状について報告し、支援活動を通して築かれたさまざまな関係を大切にする中で「支援活動は福祉の一環である」と思い至ったことや、「教会形成の土台にキリスト教精神に基づく福祉施設を建て上げる」「富岡町に教会を建設し、いわき市に移住した双葉郡の住民との架け橋になる」などの構想を披露した。

 3人の発題に続き、参加者がそれぞれの取り組みや個々人の課題を共有。震災報道が激減し、全国的に震災への関心が薄れていく中で、県内でも温度差が開いており、関心を持続させる難しさなどが話された。「教会で放射能の話をすると『重い話題』として避けられがち」「表立っては口にしないが、今後、結婚適齢期の女性が受けるだろう出身地差別の問題は深刻」などの声も聞かれた。

 福島県キリスト教連絡会(FCC)放射能対策室から参加した代表の岸田誠一郎氏(ミッション東北福島聖書教会牧師)は、「東北に多い福音派の教会では、社会的な活動よりも『伝道』優先という傾向が今も根強い。それが教会の弱さでもある」と話す。岸田氏は震災後、福島県外から移住した身として、地元住民とは異なる視点から福島の状況に関する発信を続け、個人通信「福島で思うこと」は今年1月で7号目を迎える。放射線量の計測や講師を招いての学習会、視察案内などの啓発活動も続けている。

 被災地での教派を超えた支援ネットワークは、福島以外でも、岩手、宮城でそれぞれ立ち上げられている。福島宣教ネットワーク会議に関する問い合わせは住吉氏(Tel 0246-67-3756)まで。

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