【宗教リテラシー向上委員会】 停戦下の歌の祭典 山森みか 2019年6月11日

 欧州とその近辺在住者以外にはあまりなじみがないが、ユーロビジョンという歌の祭典が毎年5月に開催される。開催地は前年の優勝国。昨年のリスボン大会でイスラエル代表の歌手ネッタ・バルジライが優勝したため、今年はテルアビブで5月14日から18日まで開催されることが決まっていた。

 だが、5月の初めにガザから約600発のロケット弾がイスラエルに飛来してテルアビブ周辺でも防空壕が開放され、一時はどうなることかと思ったのだが、ユーロビジョン開催直前にエジプトの仲介で停戦合意が結ばれた。中止ということになればイスラエルの損害ははかり知れず、当初から今回の衝突の「人質」はユーロビジョンだと見られていた。

 なぜそれほどユーロビジョン開催がイスラエルにとって重要なのか。今回エントリーしたのは41カ国。狭義の欧州だけでなくロシアやオーストラリアも含まれている。歌手たちは2週間前にすでにテルアビブ入り。莫大な予算がつぎ込まれており、おいそれとキャンセルはできない。また国交のない国があるイスラエルにとってユーロビジョンはほぼ唯一ホスト国となれる国際大会であり、国家の威信がかかっていると言ってもよい。

 イスラエルが前回優勝したのは1998年で、代表は性的マイノリティのダナ・インターナショナルであった。その時はまだ1993年のオスロ合意が有効で、ダナの優勝を知ったイスラエル市民は「平和が勝った!」と叫んで噴水に飛び込んだのをよく覚えている。昨年優勝のネッタは一般的な美の基準から外れた自らの容貌を逆手に取り、外見などに基づく社会的格付けに苦しむ人々がそのままの自分を肯定するというコンセプトを力強く打ち出して多くの人々、とりわけ子どもたちの共感を得た。

 このユーロビジョンでは今欧州周辺の国民国家が抱える矛盾とダイナミズムがエンターテインメントの背後に透けて見え、国とは何か、文化とは何かを考える上できわめて興味深い。まず国を代表する歌手というのは何なのか。イスラエルでは1年をかけ、勝ち残り方式のテレビ番組で代表を決めていく。今年は最終選考まで残ったバンドが、ユーロビジョン本選の決勝が安息日にかかることを理由に辞退した。彼らは視覚障碍者の2人の女性シンガーをはじめ何らかの障碍をもつメンバーで構成されたバンドだったが、欧州(キリスト教)基準の日程がネックとなった(彼らは結局準決勝ゲストとして出場し、喝采を浴びた)。また安息日にかかる大会が国内で開催されることに抗議するユダヤ教超正統派の過激なデモもあり、超正統派に配慮してネタニヤフ首相は出席を取りやめた。

 採点システムも複雑で、国同士が送り合う点数と一般視聴者投票の点数が半分ずつ。いずれも自国代表には点を入れられないシステムだが、どうしても好感を抱かれる国とそうでない国があり、政治的な得点結果が出るのはお約束。今年はどんな政治的バイアスがかかるかを見るのさえ楽しみなほどである。その一方で、スウェーデンやイタリアの代表は移民出自の人たちで、彼らは決勝で高得点をたたき出し、スポーツだけでなく文化においてもすでに移民が国を代表する位置に立っていることが明確になった。イスラエル側の司会者も、ユダヤ人3人(うち1人はLGBT)、キリスト教徒アラブ人1人(父方の祖父はパレスチナ難民、母方の祖父はホロコースト生存者)という布陣でダイバーシティを強調。

 いつまたミサイルが飛来するか分からない脆い停戦下で、国民国家という縛りの中で繰り広げられる、歌を介した多様性の祭典を見るのは、たいへんスリリングであった。

山森みか(テルアビブ大学東アジア学科講師)
 やまもり・みか 大阪府生まれ。国際基督教大学大学院比較文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。1995年より現職。著書に『「乳と蜜の流れる地」から――非日常の国イスラエルの日常生活』など。昨今のイスラエル社会の急速な変化に驚く日々。

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