【新・空想神学読本】 『ハリー・ポッター』と不遇の子どもたち Ministry 2019年6月・第41号

 数々のサブカル作品を神学的にひも解いてきた連載「空想神学読本」に続き、さまざまな娯楽作品(エンターテインメント)の中にキリスト教との関係性を見出し、現代日本の教会に資する示唆を読み取りたい。初回で取り上げるのは今や世界的に知られるようになった『ハリー・ポッター』。

 『ハリー・ポッター』シリーズは、言わずと知れた魔法ファンタジーの大作である。原作、映画ともに世界中で大ヒットした。最近はスピンオフ作『ファンタスティック・ビースト』シリーズの登場で、再び盛り上がりを見せている。シングルマザーだったJ・K・ローリングが極貧生活の中で第1作を書き上げ、文字どおりのシンデレラストーリーを展開した、その「魔法」は今なお続いている。

 しかしキリスト教界においては、このシリーズは必ずしも歓迎されていない。理由は魔法や魔法生物、魔術や占いといった「キリスト教的に忌むべきもの」が山ほど登場するからだ。児童文学らしからぬダークでシリアスな世界観、登場人物が次々と死んでいく衝撃的な展開なども影響していると思われる。

 数多あるファンタジー作品の中で『ハリー・ポッター』だけが「悪魔崇拝」だと敵視され、子どもに見せないよう忌避されるのは、それだけ同作が緻密に作り込まれた、リアルな世界を提供しているからとも言えるだろう。私自身はだいぶ後発のポッタリアン(『ハリー・ポッター』シリーズのファン)だが、すっかりその世界に魅了されてしまった。完結したときは寂しくて仕方なかった。いわゆる「ロス」を味わった。

 ハリーは生まれて間もなく両親を亡くし、叔母家族のもとで不遇な子ども時代を過ごす。11歳のとき自分が魔法使いであると告げられ、ホグワーツ魔法魔術学校に入学。そこではじめて仲間と呼べる人たちと出会う。しかし平和な学校生活も束の間、復活した闇の魔法使いヴォルデモート卿との激しい戦いに身を投じることになる。

 ハリーはキリストと同じような運命をたどる。ヴォルデモート卿を完全に倒すには、ハリー自身も死んで犠牲にならなければならないからだ。一人覚悟を決めたハリーは誰にも真相を告げることなく、深い森に入っていく。その姿は、ゲツセマネの園で祈るキリストのようだ。そしてハリーは一度死んで、奇跡的に復活する。最後はヴォルデモート卿をみごと打ち倒し、大団円。

 ハリーのために、あるいはヴォルデモート卿を倒すために犠牲となる登場人物も多い。その自己犠牲の連鎖に、読者の胸は締め付けられる。私も何度となく溜息をついた。

 というのが物語の主軸だが、他にも血統主義、政治的保身、差別、家族、愛と憎しみといった重いテーマも同時進行で描かれる。単なる魔法ファンタジーを越えた、現代的な問題提起の多層構造である。

 これは明らかに「キリスト教世界観」をベースにしている。作者であるJ・K・ローリング自身、シリーズを完結させた後、そう明言している。『ハリー・ポッター』シリーズは魔法で彩られてはいるが、「現代版福音書」とも呼べるほど「聖書的」なのである。

 さてハリーは物語の主人公ではあるが、スーパーヒーローではない。むしろ最初から最後まで不遇の身だ。早くに親を亡くし、養父母たちに虐げられ、しかもヴォルデモート卿と共に死ぬことが幼子のうちから運命づけられていた。またその戦いは多くの場合孤独で、周囲から理解されない。

 キリストも同じようなものだ。その生い立ちの詳細は不明だが、決して裕福な、満ち足りたものではなかっただろう。大工として働き、母を助け、30歳で苦難に満ちた宣教を始める。弟子たちが周りにいても、意図が理解されることはない。そしてゴールは十字架刑だ。

 現代社会においても、私たちは多くのハリーやキリストに遭遇する。不衛生な環境で生み落とされる子、親に虐げられて育つ子、親に捨てられる子、結果的に犯罪行為をせざるを得ない子……。彼らの「戦い」もまた周囲から見えづらく、理解され難い。

 それでもハリーのように英雄的な勝利を収めることができれば、賞賛される。「不遇の身なのによくがんばった」と。しかし華々しい成果を上げられない、存在を知られない、理解されないハリーたちも大勢いる。

 私たちキリスト者は、不遇の身として生まれ、不遇の身として死んだキリストを信じている。彼を仰ぎ、毎週礼拝している。しかし周囲にいる「不遇の子たち」に目を留めているだろうか。『ハリー・ポッター』シリーズはそのような問題提起をしている。極めてキリスト教的な作品なのである。

(河島文成)

【作品情報】
 孤児で、義父、義母に冷遇され、従兄弟などにいじめられているハリー・ポッター少年は、11 歳の誕生日に自分が魔法使いであることを知らされる。ホグワーツ魔法魔術学校へ入学し、今まで知らなかった魔法界に触れ、亡き両親の知人をはじめとした多くの人々との出会いを通じて成長する。そして、両親を殺害したヴォルデモート卿と自分との不思議な因縁を知り、対決していくこととなる。

著者:J・K・ローリング
訳者:松岡佑子
発行年: 1999 年12 月8日~2008 年7 月23 日
発行部数:73 の言語に翻訳され、全世界累計発
行部数は5億超。
出版社:静山社

連載一覧ページへ

連載の最新記事一覧

TO TOP