【映画】 新たな潮流牽引する作品群がそろい踏み 「東南アジア映画の巨匠たち」 2019年7月5日

 日本の映画市場は大手シネコンから動画サイトまで、いまだ欧米発のコンテンツに依存するため国内の一般的な知名度こそ低いものの、先端的に映画の概念を更新し世界的な注目を浴びる作品の多くが東南アジアから生まれる時代となって久しい。この7月に国際交流基金アジアセンターが主催した特集上映企画「東南アジア映画の巨匠たち」は、この新たな潮流を牽引する各地域の作品がそろい踏みする稀な機会となった。

 例えばフィリピンのブリランテ・メンドーサが撮る、麻薬と混沌が日常化した社会へ肉迫する映像や、リティ・パンが映し出すクメール・ルージュの傷痕深いカンボジア社会を舞台とする作品群は、発表される度に映画の枠組みを問い直すものとして世界の注目を浴びてきた。またインドネシアのガリン・ヌグロホやタイのアピチャッポン・ウィーラセタクンは、本特集上映の母体となる文化祭典「響きあうアジア2019」において映画と演劇とを架橋する舞台作品をも各々手がける(『サタンジャワ』『フィーバー・ルーム』)。

 こうした、既存の枠組みを逸脱する潮流の中核で東南アジアの表現者たちがそろって台頭してきたことは、言うまでもなく偶然の一致ではない。欧米や日本のように逸早く近代化を遂げた政体を持たず、また中国やロシアのような覇権型国家も存在しない東南アジアにおいては今日なお、各々の「民主主義」や「国家の自立」が植民地支配に出自をもつ矛盾が、社会の全位相において物事の境界を不明瞭な状態に留め置いている。この見通しの効かなさ、ある種の領域侵犯性は社会にさらなる混沌を呼び込む一方で、先進的に自由な視野を個々人にもたらすこともある。

 例えば性的マイノリティ、LGBTQに社会全体が寛容である一方で軍事独裁が続くタイ王国などはその顕著な一例で、当人がゲイでもあるアピチャッポン・ウィーラセタクンの作品はその強い風刺性から検閲を受け、国内では上映不能の状態が続きながら、カンヌ映画祭で最高賞を獲るなど世界の評価が国内へ流れ込む形となった。その結果、本企画上映作『十年 Ten Years Thailand』は軍政・王政・仏教のいずれにも批判的な内容をもちながら、彼の監督作としては珍しくタイ大手シネコンにより全国公開されている。

 また、社会のさまざまな水準における領域侵犯性という点では、制作環境のデジタル化とインターネットを通じた情報拡散コストの低下により、抑圧された個人視点から沸騰する社会状況を眼差す作品が流通しやすくなったことも大きい。エリック・クーは今日のシンガポール映画を代表する存在ながら、今回の企画に併せ来日参加したシンポジウムにおいて、そもそも多国籍環境に拠らない「シンガポール映画」など存在しないことを力説した。

 これを受けガリン・ヌグロホは「iPhoneで映画を撮れるすべての若者が映画監督であり得る」と述べたが、アトム化した個人による無限の多視点化とも言えるこの状況が見せる光景は、真理と真実を体現する唯一の主体を是とする一神教的世界観とは真逆の、インドシナに根強い多神教的世界像そのものだ。そしてこの光景自体が、やや逆説的ながらあらゆる人々にとって福音に他ならないとも考え得る。

 なぜなら「ああ、神の富と知恵と知識のなんと深いことか。だれが、神の定めを究め尽くし、神の道を理解し尽くせよう。『いったいだれが主の心を知っていたであろうか。だれが主の相談相手であっただろうか』」(ローマ11:33~34)という問いかけは、こうした状況下でこそ鋭く響きわたるからだ。

 この意味では、本企画上映作中の最年少監督で1986年生まれカミラ・アンディニによる『見えるもの、見えざるもの』が土着の精霊を描き、1984年生まれのナワポン・タムロンラタナリットによる『ダイ・トゥモロー』が現代都市における仏教的死生観を描くなど、下世代の作品ほど宗教的色彩が色濃くなる点は興味深い。なお本企画公式ガイドブックとして刊行され、筆者も寄稿する『躍動する東南アジア映画~多文化・越境・連帯~』では、巨匠から中堅・若手までのべ数十名に及ぶ注目の東南アジア出身監督が紹介され、この方面における日本語書籍としては必携の一書となっている。(ライター 藤本徹)

【7月10日 上映後トーク:東南アジア映画の魅力とは?】
ゲスト:市山尚三(東京フィルメックス・ディレクター)、松下由美(映画プレゼンター)
司会:夏目深雪(映画批評家、編集者)

*各回入替・上映20分前開場
*日本語・英語字幕付き上映(『ミーポック・マン』『痛み』のみ、日本語字幕のみ)
*ゲストイベントは予告なく変更する可能性がございます。予めご了承ください。

「響きあうアジア2019」とは

国際交流基金アジアセンターは、活動5年目の結晶として、日本と東南アジアの文化交流事業を幅広く紹介する祭典、「響きあうアジア2019」を開催いたします。国を超え共に創り上げた舞台芸術、映画から、東南アジア選手による混成サッカーチーム「ASIAN ELEVEN」と日本チームとの国際親善試合、“日本語パートナーズ”のシンポジウムまで、お互いの文化が刺激しあって生まれた珠玉のイベントの数々を楽しめる機会です。この祭典は、国際交流基金アジアセンターがこれまで5年にわたり行ってきた相互交流の成果を振り返るとともに、日本と東南アジアとの関係をさらに深めるための起点となることでしょう。「響きあうアジア2019」は、東南アジアでも展開予定です。

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