【講評公開】 京都ユダヤ思想学会 「古代訳」聖書に関心を 2019年7月10日

 京都ユダヤ思想学会(合田正人会長)は6月29日、聖書の「古代訳」をテーマとした第12回学術大会シンポジウム「タルグムの世界――聖書翻訳とユダヤの伝統」を同志社大学(京都市上京区)で開催した。「タルグム」とは、アラム語やヘブライ語で「翻訳」を意味する言葉であり、転じて「アラム語訳旧約聖書」のことを指す。「永遠のベストセラー」と呼ばれる「聖書」だが、その原典は多くの人にとってなじみ深いものではない。それは古代においても同様だった。

 シンポジウムの企画者であり司会も務めた加藤哲平氏(日本学術振興会特別研究員PD)は、近年相次ぐ邦訳聖書の刊行を受けて、「今こそ古代の聖書翻訳に目を向けるべき」とあいさつ。中でもタルグムは重要でありながら日本ではほとんど知られていない。このシンポジウムでその豊穣な世界を紹介したい」と企画の趣旨を説明した。

 基調講演をした「タルグムとラビ文学」専門家の勝又悦子氏(同志社大学准教授)は、今までユダヤ文学において、アラム語訳「タルグム文学」に十分な関心が注がれておらず、その独創性も議論されてこなかったが、ラビ文学の副産物として片付けることはできない、と問題提起。ラビ文献における「タルグム」へのネガティブな語感分析を行い、「創世記」「十戒」に関するタルグムからその独創性を指摘し、加えて「タルグム文学」から、ラビ文献研究では見えにくいユダヤ教社会の多様な側面を再構成できる可能性を論じ、「翻訳」という人間の営みの重要性を示した。

 阿部望氏(獨協大学講師)はタルグムと死海文書の接点について、飯郷友康氏(東京大学講師)は「コヘレトの言葉のアラム語訳について、大澤耕史氏(中京大学助教)は創世記37章のヨセフがエジプトに売られる場面の各タルグム(オンケロス、偽ヨナタン、ネオフィティ、フラグメント)を比較検討してコメント。

 「聖書を翻訳する」という行為の難しさと豊かさを、聖書学、ユダヤ学のみならず、宗教学、哲学、古典学、翻訳学という幅広い観点から、50人の学者らが多面的に論じた。

 研究の最前線を一般に開き続けてきた京都ユダヤ思想学会は、今年で第12回を迎え、毎年6月ごろに学術大会を開催。参加した旧約学者・勝村弘也氏は、全体を以下のように講評した。参加した旧約学者・勝村弘也氏は、全体を以下のように講評。

【追加 公開】 京都ユダヤ思想学会 第12回学術大会 シンポジウム報告と講評

 6月29日(土)午後13時30分から同志社大学において「タルグムの世界――聖書翻訳とユダヤの伝統――」と題してシンポジウムが開催された。まず司会者の加藤哲平会員によってシンポジウムの趣旨説明がなされ、その中でタルグムはヘブライ語聖書のアラム語訳であるが、ギリシャ語訳である七十人訳などに比べて、わが国ではこれまでほとんど注目されてこなかった現状が確認された。

 基調講演は、この分野での先駆的研究者である勝又悦子氏(同志社大学)によって行なわれた。タルグムには、モーセ五書の公認タルグムとしてオンケロス、預言書にはヨナタンがある(いずれも逐語訳)のだが、これら以外に敷衍訳の偽ヨナタンなどきわめて多様な翻訳がある。どのような事情でこのような多様な「文学」が発生することになったのは、現在も謎である。

 勝又氏は、ラビ文献における動詞のTRGMの多数の用例について検討し、この動詞にはいわゆる正統派ラビの側からのネガティヴな語感があることを指摘する。このことはタルグム文学の担い手(おそらく祭司系)と正統派の「賢者」たちとの距離を予想させると同時に、古代のユダヤ教には様々な潮流が存在しており、タルグムの中には従来のユダヤ教研究者が注目することのなかった伝承が保存されていることをも示唆する。

 この講演を受けて3名のコメンテーターが発言したが、いづれもタルグム伝承の多様性と豊かさに注目するものであった。阿部望会員は、偽ヨナタンと死海文書における法文解釈の実例を紹介した。そこにはラビ文献からは知ることの出来ない別の法解釈が存在する。このような非主流派の古くからの伝承は、新約研究にとっても看過できない重要な意義を有するはずである。

 飯郷友康氏からは「コヘレトの言葉」の冒頭部のタルグムが紹介された。周知の如くこの作品の著者は「ダビデの子、エルサレムの王」であったとされる。実は「魔王アシュメダイ」がソロモンに化けて王位に就いたために、宮殿から追い出された「本物のソロモン」が町を放浪して語っているのが、「コヘレトの言葉」なのだという。突拍子もないこじつけ解釈に見えるのだが、アシュメダイが「トビト書」などに登場する有名な魔王であることからも分かるように、敷衍の部分は翻訳者がねつ造したものではなくて、どこかの伝承から借用したものであることが示された。

 大澤耕史会員のコメントは、創世記37章25節以下のヤコブの息子ヨセフがエジプトに売られる場面についての解釈に関するものであった。聖書は、「兄弟たち」「イシュマエル人」「ミデアン人」のうちの「誰がヨセフを売ったのか」について明言していない。各種のタルグムがここをどのように解釈しているかについての考察がなされた。その後、シンポジウム参加者を交えて活発な議論が行なわれた。

 世界的に見ても、タルグム研究は20世紀後半に比べて、21世紀に入ってから活性化したとは言えないが、そこからは古代ユダヤ教の実に豊かな伝承世界が垣間見えることは間違いない。死海文書とともにひとつの新しい研究分野が存在することに改めて気付かされた。 (講評者:勝村弘也)

研究発表などは、学会HPより確認できる。https://sites.google.com/site/kyotojewish/guo-quno-xue-shu-da-hui/2019

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