【映画評】 『存在のない子供たち』 混沌とした修羅場と化す今日世界の縮図 2019年7月21日

 自分を生んだ罪で、両親を訴える12歳の少年。レバノン、ベイルートの貧民窟に生まれ育った少年は、その法廷に立つ日へと至る道のりで怒り絶望し、遁走し無慈悲を知り諦観する。癒えない困窮、難民や不法移民の逼塞、児童婚の実態。映像は流転する。母として、アラブ人としての誇りを賭した監督ナディーン・ラバキーの気魂に圧倒される。

 映画『存在のない子供たち』の原題「カペナウム(Capharnaum)」は、アラビア語ではナフーム村、フランス語では新約聖書の挿話に由来し「混沌・修羅場」を意味する。フランス語を準公用語とするレバノンに生まれ育ったラバキー監督が本作で撮り切ったのは、まさに混沌とした修羅場と化す今日世界の縮図としてのベイルートだ。

 主人公ゼインは、シリア難民夫婦の下に生まれ、教育を受けることなく労働へ駆り出される少年として描かれる。演じるのはシリア難民の家庭に育った同名のゼイン少年である。ラバキー監督は本作のリサーチに3年を費やし、演じる役柄に近い素人を集め撮影に着手する。

 例えば児童婚の風習により、一家の家賃と引き換えに11歳で嫁がされてしまうゼインの妹を演じる少女もまたシリア難民の出身であり、アレッポに生まれ海難事故で姉を亡くしている。ゼインの妹の死後、妊娠中の子に同じ名をつけると母が告げる場面は、妹役を演じたこの少女の実体験をモデルとする。

 また映画の中盤でゼインを救う若い母親を演じる黒人女性はエリトリアに生まれ、エチオピアの難民キャンプで育ち自らの生年も知らず、映画の撮影中には不法移民として逮捕拘束もされている。映画の中盤では逮捕された不法移民の押し込められた拘置所の騒擾の中、生き別れた赤子を想い壁際でひとり泣き暮れる様子が極度のリアリティをもって映し出される。

 他にもゼインがオピオイド系薬物を混入させた塩水を売り捌く場面など、現実を反映させた細部へのこだわりには凄まじいものがある。こうして完成された映像は彼らの日々の体験そのものを活写し、職業俳優では到底届かない表現の強度をも獲得した。

 本作は2018年のカンヌ国際映画祭において、アリーチェ・ロルバケル監督作『幸福なラザロ』やエヴァ・ユッソン監督作『バハールの涙』、パヴェウ・パヴリコフスキ監督作『COLD WAR あの歌、2つの心』などとコンペティション部門を争った。いずれも本紙「キリスト新聞」web版で過去にとりあげた作品だが、これに近日扱うジャ・ジャンクー監督作『帰れない二人』と本作『存在のない子供たち』を加えたすべての傑作を押しのけて、是枝裕和監督作『万引き家族』が最高賞パルムドールを獲得したことは改めて特筆に値するだろう。

 このカンヌ映画祭において本作の審査員賞受賞がアナウンスされた瞬間、ある女性による甲高い祝いの嬌声が会場へ響き渡ったとアラブ映画研究者・佐野光子は伝える。それは舌を小刻みに震わせるアラブ特有の発声によるもので、声の主はラバキー監督その人だった。女優としても知られ複数言語を操り、レバノンにおける富裕層がしばしばそうであるようにヨーロッパ人のごとく振る舞うこともできた彼女による、それはアラブの監督としてここに立つという高らかな信仰告白だった。

 「また、カファルナウム、お前は、/天にまで上げられるとでも思っているのか。陰府にまで落とされるのだ。お前のところでなされた奇跡が、ソドムで行われていれば、あの町は今日まで無事だったにちがいない」(マタイ11:23)

 レバノンは今日、北面するシリアと南面するイスラエル(パレスチナ)から流入した100万を超える難民を抱え苦境に陥っている。さらには岐阜県ほどの面積しかないこの国で、この半世紀の内にもムスリムとキリスト教徒の対立により虐殺の惨劇が幾度も引き起こされたことを想う時、表現者ナディーン・ラバキーが立てる誓いの峻厳さに胸締め付けられる。(ライター 藤本徹)

公式サイト:http://sonzai-movie.jp/
7月20日(土)よりシネスイッチ銀座、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほか全国公開。

©2018MoozFilms/©Fares Sokhon

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