【東アジアのリアル】 続く香港デモとキリスト者の「義憤」 倉田明子 2019年8月1日

 先に本紙7月1日付でレポートした「逃亡犯条例」修正の撤回を求める香港の市民運動は、なお収まる気配を見せていない。7月1日には主催者発表で参加者55万人のデモが行われ、それと平行して若者の一部が立法会に突入を試み、夜に入って3時間ほど議場を占拠した。日本の一部報道はこれを「デモが暴徒化」という常套句で形容したが、現地での受け止め方は若干異なっている。

 6月の一連の抵抗運動の間、7月1日までに3人の若者がこの運動に関わる遺言を残して自殺し、若者たちの間には深い絶望感が蔓延していた。それが立法会突入という形で爆発したのである。ガラスを破り、スプレーで自らの主張を書きなぐる様子は世界に衝撃を与えたが、他方で建物内の書棚には「文物を破損するな」との張り紙も貼られ、破損を免れたし、食堂の冷蔵庫には取り出した飲み物代の小銭も置かれていた。彼らの怒りと破壊は、「暴徒化」という言葉からイメージされる姿とはやや異なっていたように思える。

 この立法会突入という行為について、直後からメディアやSNS上などでさまざまな議論がなされた。若者たちを表面的に非難するよりも、彼らの絶望感やそれを招いた政府側の問題を指摘し、適切な対応を求める論調が目立っている。特に筆者が注目したのは、キリスト教界の一部から、立法会突入とイエス・キリストの宮清めのエピソードを関連づける解釈が見られたことである。最もまとまった形での議論としては、7月16日に『時代論壇』で公開された香港中文大学崇基学院神学院講師の王●(ウォン・ゴック)氏による「イエスの宮清めからみる立法会ビル突入」が挙げられる。

 王氏はイエスの宮清めの意味をイザヤ書などから解説した上で、「すべての民の祈りの家」が「強盗の巣」になるという「深い構造的な問題」に対して「イエスは激怒したが、それは義憤であった」「イエスは激烈な行為によって神殿がすでにその核心的価値から離れてしまっていることを示し、ユダヤ人と宗教指導者を目覚めさせようとした」と指摘する。そして、若者による立法会突入についても同じロジックで解釈する。すなわち、彼らの行動もまた義憤によるものであり、すでに制度的に破綻し、「香港人のための立法会」たり得ず、「一国二制度」といった核心的価値を守れない立法会を「修復」しようとする行動だったのだ、と。政治的過ぎると感じられるかもしれない。だが、今の香港にはこうした解釈がかなり広範に受け入れられる雰囲気がある。

 その後も毎週末、香港内の各地で10万人規模のデモが行われ、それに対する警察の対応も過激さを増している。一方その合間で平和的行動を続けるクリスチャンたちの存在感も消えていない。大規模なデモが行われるたびに、近隣の教会のいくつかは必ず「休憩と補給と祈りの場」として教会堂を開放しているのもその一つである。カトリック香港教区も疲弊した若者信徒に分かち合いと祈りの場を設けるなど、心のケアに努めている。また7月3日から、「好鄰舍北区教会」の伝道師が発起人となり、香港島の中心街でハンストが開始された。70歳を超える男性も加わったこともあって徐々に知名度を上げ、15日に彼らが「苦行デモ」と題して行政長官公邸までデモを行った際には、2500人ほどの応援者が集った。17日に行われた「白髪の行進」と題された高齢者による若者応援のデモにおいても、出発に際して発言した代表者2人は牧師であった。参加者は主催者発表で9千人にのぼる。翌日の新聞やSNS上には、高齢者の支持に対する若者たちの感謝の声が数多く見られた。彼らの行動は、最前線の若者たちを慰め、クールダウンさせる作用も果たしているのである。

 香港はいま、「平和」と「衝突」の危うい均衡の上にある。今後も長い闘争が続くことだろう。

*●は王へんに玉

倉田明子
 くらた・あきこ 1976年、埼玉生まれ。東京外国語大学総合国際学研究院准教授。東京大学教養学部教養学科卒、同大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻博士課程修了、博士(学術)。学生時代に北京で1年、香港で3年を過ごす。愛猫家。専門は中国近代史(太平天国史、プロテスタント史、香港・華南地域研究)。

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