信仰的な縛りがないからできることもある 連載「ノンクリですが、キリスト教系の職場で働いてます!」 名古屋高等学校 Ministry 2019年6月・第41号

 クリスチャン・コードを敷かないキリスト教学校では、ノンクリスチャン教職員は共にミッションを遂行するパートナー。しかし、信仰を持つ者と持たない者が協働することは、決して容易なことではない。多様なノンクリスチャンをとおして、現状の課題と可能性を探る。

名古屋高等学校 国語科担当教諭
芝野悦郎さん

ノンクリスチャンも
お祈りして当然

 毎月の初めに、芝野さんは教室の背面黒板に聖書の言葉を書き写す。重要だと思う箇所には、赤いチョークで傍線を引く。

「生徒に向けた月間聖句です。いま、彼らに感じてほしい聖書の言葉をこうして伝えています。高校3年の4月、これから受験に向かう彼らは、見えるものに重きをおくようになります。だからこそ、見えないものに目を注いでほしい」

 ここ名古屋高校は、メソジストの流れを汲む男子校。地元では、中高一貫教育を行う進学校として知られている。生徒の多くは難関大学をめざして入学する。100人近い教職員もまた、大多数がノンクリスチャンだ。キリスト教を信仰しているか否かは、毎朝の職員礼拝で察するという。祈りはクリスチャンが担うものだと見られているからだ。芝野さんは洗礼を受けていないが、祈りの当番に加わり、ノンクリスチャンにも開かれたものであることを体現している。

「ノンクリスチャンもお祈りして当然だと思っています。もし機会が与えられていなくても、自分から祈りたいと申し出たでしょう。教会に行っていない、洗礼を受けていないことを問われたら、何もできません」

「学校の先生」ではなく
「キリスト教学校の先生」

 兵庫県西宮市で生まれ育った。家族にクリスチャンはいない。兄にならって関西学院の中学部に入学し、大学院まで12年間を過ごした。特に中学高校の6年間、毎朝の礼拝に始まるキリスト教主義の教育によって、体力、知力、気力が養われた。

「当時、関学の中高は男子校でした(2012年から男女共学)。礼拝はめちゃくちゃ厳しかった。少しでも姿勢を崩すとバーンと叩かれて、居眠りするような雰囲気ではありません。お話だけでも20分はあったでしょうか。でも、それを毎日繰り返していると、礼拝や聖書の言葉が、身体を通して自分の内にスッと入ってくるようになりました。理屈ではないですね」

 大学の法学部に進学し、野球部に所属した。多様な価値観を持つチームメイトたちと過ごしたことで、自身の内に育まれた「キリスト教的な価値観」を自覚した。芝野さんの意見に、「良い考え方」であると客観的に評価したのは、仲間たちだった。

「私の考え方は、中高時代に教えられたことの延長線上にあります。就職活動を控えて自分を振り返ったときに、今度は自分がキリスト教教育を実践して子どもたちに教えたい、と考えるようになりました。私がめざしたのは『学校の先生』ではなく、『キリスト教学校の先生』です。公立校で働くことは、まったく考えていません。もしキリスト教学校で働けなくなったら別の仕事をします(笑)」

建学の精神の
具現化をめざして

 国語科教師として名古屋高校に赴任して8年。聖書が差し示す生き方や生きる上で大切なことを、さまざまな形で伝えてきた。生徒指導の面談で、授業の間の雑談で、学年通信のメッセージで、学年礼拝の奨励で――。しかし「頭で理解するだけでは足りない」と芝野さんは考えている。

「いま、うちの学校で取り組もうとしているのが、建学の精神『敬神愛人』(マタイ22:37~39)の具現化です。この聖書の言葉を、今の時代にどう体現していくのか……。生徒にとっては頭で理解するのでなく、行動することが大事。建学の精神を教育カリキュラムに落とし込むことで、生徒は初めて動くと思います。そこで難しいのは、神を敬うことが進学校の教育カリキュラムとどうつながるのか、難しいですね」

同じ精神を共有して
みんなで取り組む

「ノンクリスチャンの先生の多くは、キリスト教学校をめざして赴任したわけではないようです。初めてキリスト教に触れて、『敷居が高い』と感じている方もおられます。一方で、クリスチャンの先生方は信仰的に守らねばならないこともあるでしょう。私にとってキリスト教は、敷居の高いものではありませんし、信仰的な縛りもありませんので、両者の間で架け橋のようなことができないかと考えています。こうした私の姿勢は、失礼に映るかもしれません。でも、いい加減な気持ちでやっているわけではありません。クリスチャンでなくてもキリスト教の価値観をもった人を育てる。それがキリスト教学校だと思います。そうであれば、クリスチャンでもノンクリスチャンでも、この場にいることが大事。この場にいて同じ考え方、建学の精神であるキリスト教精神を共有していることが大事だと思うのです」

 そんな芝野さんが学年通信に寄せたメッセージの一部を紹介したい。

「神様から君たちにそれぞれ与えられた恵みがあります。その恵みに従って、いろいろな場面で充実した時間を過ごしてほしいと願っています。そして『本当に生きた日』をこの名高生活の中で積み重ねていってほしいと思っています。ファイティン!」

(文 猪俣沙織)

学校法人名古屋学院 名古屋高等学校
 1887 年に米国人宣教師F・C・クラインによって創設。名古屋学院大学とは別法人。
https://www.meigaku.ac.jp/

【Ministry】 リニューアル創刊号 新連載10本 41号(2019年6月)

特集一覧ページへ

特集の最新記事一覧

TO TOP