【映画評】 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』 タランティーノが目指す場所 Ministry 2019年9月・第42号

 「’86年にはビデオショップの店員をしていたのに、今では9本の映画を撮り、世界のどこへ行っても皆が自分を知っていてくれる。これ以上の奇跡はない」

 自らに起きた奇跡はあるかと、新作公開直前の来日会見で問われたクエンティン・タランティーノはそう応えた。主演の一人レオナルド・ディカプリオは、このとき隣で微笑を浮かべていた。

 タランティーノ新作『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』は、1969年8月9日へと至る数日間のロサンゼルスが主舞台となる。この日、ハリウッドのセレブが集う高級住宅街で妊婦を含む5人が、侵入した若者グループに惨殺された。女優であり、名匠ロマン・ポランスキーの妻でもあった妊婦の名からそれはシャロン・テート殺害事件と呼ばれ、事件の衝撃はヒッピームーブメントの絶頂期に事実上の幕を降ろした。

“Once Upon a Time In Hollywood”

 本作でレオナルド・ディカプリオがブラッド・ピットとともに演じるのは、ある架空の落ち目俳優リックとそのスタントマンであるブースのコンビである。殺人犯となる若者らが、映画ではポランスキー夫妻の豪邸に隣接する、架空の人物である主人公リックの邸宅へまず侵入を試みる。するとそこにいたのはブラッド・ピット扮する百戦錬磨のスタントマンで、というところから本作独自の展開が始まってゆく。史実で実行犯となったのは4人の若者で、彼らに邸宅を襲撃させたのはカルト指導者として史上名高いチャールズ・マンソンその人だった。

 落ち目のTV俳優が、マカロニ・ウェスタン流行による返り咲きを期待してイタリアへ渡るくだりなど、老いてなお盛んなクリント・イーストウッドの今日も連想され興味深い。脚本の背景には、大戦期までラジオと銀幕を根城としていたスターたちが、’50年代に入ってテレビ人気に押されるなか生き残りを賭けたという歴史の転回劇がある。当代の生ける映画史字引と自他共に認めるタランティーノの面目躍如たる設定で、言うまでもなくネット配信や中国インドなど新興勢力に押され気味な現ハリウッドの苦境を遠景とする。香港における今日の騒擾を想うとき、ヒールとしてのブルース・リー登場もまた心憎い。

The scene of Manson Family from “Once Upon a Time In Hollywood”

 望まれない出生、実父の失踪、育児放棄する母。9歳で犯罪に手を染めて以降の大半を刑務所で暮らすチャールズ・マンソンが、30代半ばで釈放された1967年、世に謳われていたのは秩序や規範からの解放だった。己の凡俗さに忌避と倦怠を抱く若者たちは、マンソンに常人とはまるで異なる境地をみた。家出少女たちを集めLSDを用いた洗脳により「ファミリー」を築いた彼は、シャロン・テート殺害事件を含む数件の殺人を計画、メンバーに実行させてゆく。

 狂信的な個人の犯行であればいざ知らず、それが集団化しカルトを成す場合、必ずそこには社会の病理が反映される。この意味でマンソン・ファミリーが消滅してもその母体となったアメリカ社会は存続する以上、気になるのはこの病理が今日発現され得る宛先だ。93年、激しい銃撃戦のうえ拠点建物が炎上、81名の犠牲を出したブランチ・ダビディアン。97年、38人の自殺者を生んだへヴンズ・ゲート。ある種の宗教的熱情を核に社会の矛盾が糾合され、凶暴な刃と化して社会自体を襲う構図。オウム真理教やイスラミックステートを持ち出すまでもない。狂信と暴力の癒着は場所を問わず今も昔も変わらない、ゆえに今日性を常に担保する社会リスクだ。

 「ワンス・アポン・ア・タイム・イン」――つまり「昔々あるところで」という仕方でこれら個別の事象に加え、当時の気風や文化を丸ごとパッケージへ収めた点に、なお未踏の地を目指しつづける映画の開拓者タランティーノの巧さが光る。(ライター 藤本徹)

全国公開中。

『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』
“Once Upon a Time In Hollywood”
公式サイト:http://www.onceinhollywood.jp/
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

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