【宗教リテラシー向上委員会】 スクリーンからリアルへ ナセル永野 2019年11月1日

 話題の映画『ホテル・ムンバイ』を鑑賞してきた。ストーリーは2008年にインド最大の金融都市ムンバイの中心部で実際に起こった事件がモデルとなっている。この事件はムンバイの駅やホテルなど複数の場所が同時多発的に襲撃され、多数の人質が捕らえられた立てこもり事件へと発展したことから「インドの9・11」とも呼ばれている。

 恥ずかしながら、私はこの事件について映画を鑑賞するまで詳しくは知らなかった。事件当時、メディアがどのように報道していたかすら覚えていない。わずか10年前に発生した大事件。実際のところ、一体どれほどの人が覚えているのだろか。

 映画が終わり、席を立つと、周囲から感想を話す声が聞こえてきた。「やっぱりイスラム教って怖いよね」「イスラム教の人ってなんでテロとかするの?」――もちろん、似たような映画を鑑賞するたび、同じような感想を耳にしている。しかし、この映画に関しては「いつもなら聞き流す声」が気になってしまった。なぜなら、この映画では犯人が今までのような「狂ったイスラム過激主義のテロリスト」ではなく、非常に人間味のある人物として描写されていたからだ。

 特に犯人グループが占拠するためにホテルへ入るシーンの表情が非常に印象的で忘れられない。今までの映画であれば犯行直前の犯人は狂気に満ちた表情をしているのが普通だった。しかし、この映画ではホテルの豪華さに驚きと憧れのような表情を浮かべ「まるで楽園だ」とつぶやくのだ。その表情からは、決して数分後に銃を乱射するとは思えない。そして、映画の終盤でも犯人の人間味を感じるシーンが登場する。怪我をした犯人の1人が家族に電話をかける。犯人は電話越しに泣きながら家族に「愛してる」と繰り返すのだ。

 映画を製作したアンソニー・マラス監督は、このような演出について「テロという悲劇は加害者である犯人がいるから起きるのです。加害者たちがなぜ犯行に及んだのかを理解することなしにテロを撲滅することはできません」「人は誰しも奪われたら戦うしかなくなるのです。(誰もが)家族を持ち、夢を見ることが許され、安心して暮らせる環境を増やすことがテロの撲滅に最も有効なことだと私は信じています」と、インタビューで答えている。

 この監督の言葉を象徴するかのようなシーンが映画の冒頭部分に登場する。小型ボートでムンバイへ上陸した犯人グループがタクシーに乗って犯行へ向かうシーンで、電話越しに司令官と思われる人物からこんな声がかけられる。「周りを見ろ。奴らが奪ったものを。お前たちの父親と先祖から奪ったのだ」と。似たようなシーンは同じくムンバイ事件を描いた映画『ジェノサイド・ホテル』にも登場する。この映画でも司令官と思われる人物が実行犯に電話で「カシミールを見ろ。今も同胞が連中の犠牲になっている」と語るのだ。

 現在インドでは、約400万人ものムスリムが不法移民として国籍を剥奪されようとしている。この人々は今までの生活を奪われ、どこへ向かうのであろうか。アンソニー・マラス監督の「(誰もが)家族を持ち、夢を見ることが許され、安心して暮らせる環境を増やすことがテロの撲滅に最も有効だ」という言葉を反芻(はんすう)し続けている。

ナセル永野(日本人ムスリム)
 なせる・ながの 1984年、千葉県生まれ。大学・大学院とイスラム研究を行い2008年にイスラムへ入信。超宗教コミュニティラジオ「ピカステ」(http://pika.st)、宗教ワークショップグループ「WORKSHOPAID」(https://www.facebook.com/workshopaid)などの活動をとおして積極的に宗教間対話を行っている。

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