【伝道宣隊キョウカイジャー+α】 怒りで人は変えられない! キョウカイホワイト 2019年11月21日

 東京五輪をめぐる話はひどいものですね。嘘をつき、裏金を使って誘致したまではよいですが(よくないか)、会場は整備できず、暑さの対策も立てられず、結局のところ一部の企業と人に金を集めるためだけの騒動だということが分かってきました。SNSでは、政府や首相、関係者の厚顔無恥ぶりに怒り、罵ることばをほとんど毎日目にします。

 一方、それに対する反論と罵倒も激しいものがあります。別に五輪騒動に限らず、また主張の内容にかかわらず、自分と違う考えに対する攻撃的なことばは、激しさを増す一方です。このことは、ヘイトスピーチが世にあふれ、憎悪や侮蔑のことばにこの社会が慣れてしまったことと軌を一にしています。

 しかし、小生は思うんですよねぇ。怒りで人って変えられます? 変えられないと思うのです。怒りに満ちたことばをぶつけられた人は、本能的に自分を守ろうとします。結果、どうしても自己防衛のためにもっと激しいことばで反論することになります。そうして人と人との溝は深まります。家の中でも国会でも、起きていることの本質は同じです。

 怒りとは、さまざまな感情が複雑に絡み合った状態を指しているように思います。怒りの感情に静かに向き合い、表面に浮かび上がるとげとげしいことばの裏にどのような感情が隠されているのかを見極めなければ、怒りは他人を傷つけ、そして自分を傷つけるだけです。怒りの奥底に隠された思いは、簡単に見つかるものではありません。呼吸法、心理学的な知識や技術、周囲にいる人たち、他にもさまざまなかたちの助けが必要です。

 そして、それらの根底にキリストの霊があって、初めて私たちは怒りから解放され、怒りに隠されていた心からの願いをことばにできます。敵と思っていた人が、自分と同じ人間であるという事実を再発見します。そこで語られるのは和解をもたらすことばであり、いのちのことばでしょう。

 そんなきれいごとでこの厳しい世の中を生き抜けると思っているのか、とりあえず目の前にいる敵を倒さないことには先に進めないではないか、そうお考えの方もいるでしょう。しかし、自分の正しさに酔い、自分の正しさを人に押しつける生き方を、キリストは教えたでしょうか。怒りと憎しみのことばの中をキリスト者として生きるのであれば、この流れに逆らってみるしかないように思います。

 楽な道ではありません。正面から対立している人たちに対して和解を呼びかければ、両方から敵視されることを覚悟しなければなりません。逆らっているつもりで、ただ流されているだけになってしまうこともあるでしょう。

 そのような時こそ、キリストに帰りましょう。聖書を読み、ひとりで祈り、仲間と祈り、礼拝で神のことばを聞きましょう。もちろん、これらに限りません。私たちに切なる求めがある時、キリストは思いもよらないかたちで私たちに出会ってくれます。心の底にある渇きを癒してくれます。

 私のことばはこれで終わります。理屈っぽい話にお付き合いくださり、ありがとうございました。これからもみなさんの、そしてキョウカイジャーの旅は続きます。楽な旅路ではなさそうですが、キリストが私たちを導いてくださると信じ、歩いていきましょう。またどこかでお目にかかれると信じつつ。ではでは。

キョウカイホワイト
 白鳥 剛(しらとり・ごう) 通勤電車内での読書を愛するウンチク系ものしり博士。キョウカイジャー唯一の一般信徒。妻との生活を守るため、職場の理不尽に耐える姿はまさに社畜。武器:理屈/必殺技:おだやかな論破/弱点:ピーマン

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