【空想神学読本】 「るろうに剣心 〜明治剣客浪漫譚〜」にみる罪の償いと赦し Ministry 2018年11月・第39号

 歴史バトルアクション漫画として知られる「るろ剣」こと『るろうに剣心』は多様な楽しみ方と多くのファンを有するが、〈虚構から真剣に考えた事柄で、自分の目に映る世界を再構築する〉(宇野常寛『母性のディストピア』)人間にとって「罪の償いと赦し」を問う作品でもある。

 物語の舞台は明治時代の東京から始まる。主人公の緋村剣心は女性と見紛うような柔和な男性であるが、左頬には十字傷があり、廃刀令にもかかわらず腰に刀を携えた風変わりな流浪人だ。剣心の過去は物語が進むにつれて明らかになっていく。幕末期、剣心は維新志士として人斬りを生業としていた。それは彼なりの正義感による選択ではあったが、度重なる殺人に違和感を覚え始める。やがて彼はある事件をきっかけに人斬り稼業から足を洗う。

 時代は明治に変わり、剣心は逆刃刀を携えて流浪の旅に出る。剣心は「剣一本でも、この瞳に止まる人々くらいならなんとか守れるでござるよ」という信念のもと、もう誰も殺さず名誉も財産も持たずに生きようとしていた。それが彼なりの贖罪であった。 本作は「赦し」が「償い続ける姿勢で生きることで得られる場合もある」という雰囲気で描かれる。最終巻にて「赦し」に対する一応の結論がこう表現されている。「犯した罪の償いは、どんなに心血を注ごうとも『誰かが許すこと無しで』償いにはならない」(*二重括弧は筆者)

 最終回で剣心は家庭を築き、一般的な幸せを得る。これらの描写によって読者の多くは「誰かが許すこと無しで」の「誰か」とは「所属する共同体の『許されているような空気』を自己認識すること」であると考えるはずだ。「赦し」であろう事柄を「許し」と書かれていることからもそれがうかがえる。

 これを『るろうに剣心』のメッセージと捉えるならば、『新世紀エヴァンゲリオン』の最終2話で繰り広げられた「自己啓発セミナーのパロディ的に主人公が内面を吐露、周囲の人物からの承認を確認し救済される」(前掲『母性のディストピア』71頁)というメッセージと同類と言えよう。これらの「罪の償いと赦し」を「共同体からの承認を自己認識すること」と解釈することは、自分の判断を信じられる人間にとっては福音であろう。自分の判断を信じられる人間が一定数存在することは、2013年に出版された『嫌われる勇気』以降のアドラー心理学ブームからもうかがえる。

 アドラーは人間の幸せを「共同体感覚」と定義した。アドラーの思想を継ぐ人たちはこの「共同体感覚」を「自分が好き/他者が信頼できる/自分は役に立つ」というところまで言語化した。いずれも「主観をリフレーミング」することで幸福が得られるという考え方だ。これからわかるのは、「赦し」とまではいかずとも、「幸福」が「共同体からの承認を自己認識することで得られる人間が一定数いる」ことの証しになるということだ。

 しかし、実際のところは「自分の判断を信じるためにも一定の自己肯定感が必要」であり、その自己肯定感を持てずにいる人間もまた存在する。殺人という重罪の責に苛まれる剣心であるが、彼が「承認を認識できる程度には自己肯定感が持てている」のは、言ってしまえばキャラクターだからである。対外的に赦された証として十字傷が薄くなったことも描写されるが、これは「赦しを受けとったメタファー」だろう。

 では、「共同体からの承認を自己認識」することさえできないリアルな人間はどうすればいいのだろうか。その程度の自己肯定感も用意できない自分の弱さを悔いる人生を送るしかないのだろうか、という疑問に読者が及んだとき、宗教はその答えへの道のりを示すことが許されているはずだ。

 聖書もまた共同体を推奨している。しかしその中心にあるものは「自己認識」という自我ではない。その中心に据えられたものはイエス・キリストの十字架上の死とその復活である。聖書によると神は「まずわたしたちを愛してくださった(一ヨハネ4・19)」のであり、「まず愛される」が先にあるから神を信じることも可能なのである。それにともなって聖書で推奨される共同体の形成にも励むことができる、というロジックをキリスト教徒は持っているはずだ。「愛である神からの約束」として得られる赦しと、「共同体からの自己認識」で得られる許し……自己肯定感が極端に低い人間や、重責に苛まれている人間が採りたいと思えるのは前者だろう。これほどまでに圧倒的な福音が存在しているにもかかわらず、日本で認識されていないという現状を自省する必要性は常にあるわけだが。

 現実を「語る価値のない」と考える人間は一定数いるが、それでも〈虚構から真剣に考えた事柄で、自分の目に映る世界を再構築する〉作業は粛々と行われている。その場に、我々が遣わされていくことを願ってやまない。

(上坂かすが)

*「いつかみ聖書解説」制作チーム LampMate(https://itukami.lampmate.jp

【作品概要】 るろうに剣心

 逆刃刀を腰に下げ、不殺を誓う流浪人・緋村剣心――彼こそは維新志士の中で最強無比の伝説をもつ「人斬り抜刀斎」であった。維新後、その熱き想いで人々を守り続けた流浪人・剣心の活躍を描く!

 美麗なキャラクター造形や刀を使ったアクションシーン、史実との照らし合わせなど多様な楽しみ方ができる90 年代後半のジャンプ黄金期を支えた代表作。アニメ化、実写映画化など多様なメディアミックスも行われ、シリーズ累計発行部数は6000 万部以上を記録。それまでのジャンプヒーローの陽の特性とは逆の、影の特性を持つヒーローとして人気を集めた。

■作者 和月伸宏
■出版社 集英社
■掲載誌 週刊少年ジャンプ
■レーベル ジャンプ・コミックス
■発表号 1994 年19 号~ 1999 年43 号
■巻数 全28 巻(新書版)
■話数 全255 話

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