【宗教リテラシー向上委員会】 なぜ風刺画は繰り返されるのか? ナセル永野 2020年1月11日

 オランダの自由党党首ヘルト・ウィルダースが、預言者ムハンマドの風刺漫画コンテストを開催すると発表した。

 預言者ムハンマドの風刺画をめぐっては、2015年1月にフランスで発生したシャルリーエブド襲撃事件が記憶に新しいだろう。預言者ムハンマドを揶揄する風刺画を掲載したシャルリーエブド社が襲撃され、12人が殺害される惨事となった。事件直後には、世界中で犠牲者への哀悼と表現の自由を守るという意志を主張する「私はシャルリー(Je suis Charlie )」というムーブメントも起こった。

 フランスの事件から4カ月後、米テキサス州で預言者ムハンマドの風刺画展示会が開催された。この時、会場の近くで発砲事件が発生し警備員1人が負傷、容疑者の男2人が警官に射殺された。それから1カ月も経たないうちに、同じくテキサス州で預言者ムハンマドの風刺画を展示する言論の自由集会が開かれた。集会が開かれたのは、先の事件で射殺された容疑者2人が通っていたモスクの前だ。

 これらの事件は「表現の自由を守るか」「宗教的配慮を守るのか」という二項対立で論じられ、「ムスリムと非ムスリムの共存は可能か?」という議論にまで発展したたように記憶している。

 近年、預言者ムハンマドを描く行為は多くのトラブルの火種となっている。確かに預言者ムハンマドを描くことはイスラムでは宗教的なタブーとされている。その理由は一般的に「あなたがた信仰する者よ、誠に酒と賭矢、偶像と占い矢は、忌み嫌われる悪魔の業である。これを避けなさい。」(5:90)というコーランの章句が根拠とされている。つまり「預言者ムハンマドの絵は偶像崇拝の対象になるから描いてはいけない」という解釈だ。だが、一方でコーランに「預言者ムハンマドを描いてはいけない」と明言されている箇所はなく、第二の聖典である『ハディース』にも直接的な言及は一切ないのも事実だ。

 それどころか『ハディース』には預言者ムハンマドの風貌についての言及が登場する。例えば「彼の髪は軽くカールしていてひどい巻き毛でもなくまったくの直毛でもなかった」「色白で上品な顔立ちで中肉中背でした」「頑丈な口で、(眼は)白目に赤が混ざり、やせた踵をしていた」など細かな描写があるのだ。

 あまり知られていない事実かもしれないが、ウィキペディア(日本語版)の「ムハンマド」(ムハンマド・イブン=アブドゥッラーフ)の頁には14世紀に描かれた天使ガブリエルから啓示を受ける預言者ムハンマドの絵が、現在も紹介されている。また、私は知人が1980年代に中東で購入したという預言者ムハンマドの肖像画を見せてもらったこともある。歴史を振り返ると「ムスリムが描いた預言者ムハンマドの肖像画」は少ないながらも確実に存在しているのだ(私には「預言者ムハンマドを描くことが宗教的に正しいか否か」を論じることはできない)。

 オランダで開催予定のムハンマド風刺漫画コンテストも「表現の自由を守るか」「宗教的配慮を守るのか」という二項対立が大きな論点となるだろう。だが表現の自由を守るために、なぜわざわざ大きな騒動が予想されるムハンマドの風刺画コンテストを開催するのだろうか?
 そんな素朴な疑問を抱いてしまうのは私だけなのだろうか。

ナセル永野(日本人ムスリム)
 なせる・ながの 1984年、千葉県生まれ。大学・大学院とイスラム研究を行い2008年にイスラムへ入信。超宗教コミュニティラジオ「ピカステ」(http://pika.st)、宗教ワークショップグループ「WORKSHOPAID」(https://www.facebook.com/workshopaid)などの活動をとおして積極的に宗教間対話を行っている。

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