【宗教リテラシー向上委員会】 聖なる日を守る権利 山森みか 2020年2月1日

 昨年末にカルロス・ゴーンがレバノンに不法出国したニュースで、私が個人的に最も関心を抱いたのが「クリスマスに一人だったのが最も辛かった」というゴーンの発言だった。ゴーンはレバノン出身で、マロン派のキリスト教徒だと報道されている。そして今ゴーンは、自国民のイスラエル訪問を禁ずるレバノンの法律を破り、かつてイスラエルに入国したことがあるために、刑事訴追されるらしい。

 私が住むイスラエルはレバノンのすぐ南に位置している。一昨年多くの人の反対を押し切って「ユダヤ人国家法」が可決されたが、「イスラエルがユダヤ人国家であるべきか否か」については議論が絶えない。確かに私が勤務する国立大学の暦はユダヤ暦に沿っており、祝祭日もユダヤ教のものである。しかし学生にはイスラム教徒もキリスト教徒もいるわけで、彼らがそれぞれの宗教の祝祭日を守るのは、侵害できない権利だという建前がある。だからイスラム教のイードやキリスト教のクリスマス、主としてロシアで祝われるノヴィ・ゴッド(新年)の祭日のために欠席する学生は、欠席扱いにしてはならないという通達が大学当局から来る。

 一神教どうしがまがりなりにも共存するにはそれしかない。それぞれの宗教に属する者にとって、どうしても譲れない一線というのがあるからである。もし日本出身の学生が「正月は日本人にとって年神をお迎えする聖日なので欠席します」と言ってきたらどうなるのかと時々考えるが、たぶんそれも認められるだろう。

 イスラエル国防軍においても自分の宗教の祝祭日を守る権利はあり、キリスト教徒の兵士はクリスマス休暇を申請できる。ユダヤ教の祝祭日にはどうしても家に帰りたいユダヤ人の同僚の代わりに、非ユダヤ人の兵士がその間の勤務を引き受けるということも、よくある話だ。

 また1995年にラビン首相を暗殺して終身刑服役中の極右ユダヤ人イガール・アミールは、獄中からの法廷闘争の結果、ロシア出身のユダヤ教正統派で博士号を持つ女性と獄中結婚を果たし、その婚姻はユダヤ宗教法において認められた。その後のさらなる闘争(ハンガーストライキを含む)で、アミールはついに妻との立会人のいない面会権をも獲得し、その後妻の妊娠が伝えられた。宗教法の下で正式に認められた婚姻においては、子どもをもうけることを禁止することはできないという共通理解が、その背景にはある。

 つまりは兵役中であれ獄中であれ、宗教的な権利は守られるべきだし、それが侵害されそうな時は権利を主張しなければならないというのが、この地域における常識なのであり、これはなかなか日本的な感覚からは理解されないのではないか。「クリスマスに一人だった」というゴーンの発言は、彼の置かれた立場はどうであれ、自らが属する宗教共同体の聖日に、宗教的祝福を受けて家族となった人々と一緒にいられないことへの抗議だと私は理解した。

 さて、イスラエルにおいて最も厳粛な日と考えられるのは、日没から次の日没まで、まる一日の断食が行われるヨム・キプール(大贖罪日)である。町は静寂に包まれ、自動車の走行もなく、時間が止まったようになる。日本でそれに最も近い雰囲気なのは、今はずいぶん変わってしまったとはいえ、大晦日から新年にかけてだろう。そして1973年のヨム・キプールにおいて、油断していたイスラエル軍にエジプト・シリア軍が奇襲をかけて、第四次中東戦争が始まった。ゴーンが年末に日本を不法脱出し、大晦日にそれを発表したことを考え合わせると、なかなか感慨深いものがあるのであった。

山森みか(テルアビブ大学東アジア学科講師)
 やまもり・みか 大阪府生まれ。国際基督教大学大学院比較文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。1995年より現職。著書に『「乳と蜜の流れる地」から――非日常の国イスラエルの日常生活』など。昨今のイスラエル社会の急速な変化に驚く日々。

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